【学生の声2022】東大を飛び出した東大研究生活

2022年度「学生の声」
西山 学(宇宙惑星科学講座 博士2年)

私は東京大学理学部地球惑星物理学科を卒業し、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻に進学した、所謂内部進学生でした。ただ、修士からは同期たちと離れ、独り国立天文台三鷹キャンパスをメインの拠点にしつつ、時にはドイツに滞在して、月や小惑星といった様々な太陽系天体を舞台に研究活動を行っています。ここでは東京大学地球惑星科学専攻の学生としては少し異質な研究生活をご紹介しようと思います。

1. 私が現在の研究分野に進むに至った経緯

現在私が研究している分野は一般に「惑星科学」と呼ばれる分野です。その中でも特に固体天体(月や水星、リュウグウなど)の表層進化にフォーカスした惑星地質学的な研究を行ってきました。この研究分野に至るまで紆余曲折を経てきましたので、まずはそこから始めたいと思います。

元々小学生の頃から漠然と地震や火山といった「地学っぽいこと」に興味があり、中学生時代に経験した東日本大震災を経てその興味は益々強まっていました。転機は高校1年生の時に訪れました。当時の地学の先生に「地学オリンピック」の存在を教わり出場してみたのですが、この大会では固体地球から大気海洋、宇宙天文に至るまで全ての分野を網羅する必要があります。満遍なく学んでいく中で惑星分野も面白いことに気づき、宇宙に関わる仕事をしてみたいという思いを心に秘めるようになりました。

東京大学入学後はまず航空宇宙工学科と地球惑星物理学科で迷うことになります。はやぶさ初号機のような宇宙探査ミッションに関わる宇宙工学か、純粋なサイエンスを追い求めて地球惑星物理を追い求めたいのか、1年半かけて色んな人の話を聞きながら悩むことになります。

結局2年の夏学期に「飛行機ロボットを作って飛ばす」という全学体験ゼミナールに参加してメートルサイズの全翼機を自ら設計して作成・飛行させた挙句、「サイエンスのほうが好きだな」という結論になり、理学部への進学を決心しました。なお、この授業自体は同じ班に後の学科同期がいたこともあり、大変有意義で楽しい授業でした。他学科の科目ですが、良い経験になるので駒場生にはオススメです。

最後でかつ一番大きな葛藤は大学4年生の夏に襲来しました。それまで地球惑星物理学科では量子力学から地球惑星科学に関する物理、そして実際に手を動かす実験と幅広く学びますが、中でも数値計算の授業がとても楽しいものでした。それまではプログラミングの経験はほぼ皆無でしたが、自分で書いたコードが現象の時間発展を解くのは爽快でエキサイティングだったのを覚えています。

これですっかり数値計算にハマり、さらに五月祭の出展準備として月形成の多体系衝突計算で遊んだこともあり、惑星形成シミュレーションの分野に強く惹かれつつありました。一方で、小学生以来の地震・火山といった固体地球分野への興味も捨てきれず、板挟みの状態が続いていました。

その悩みに終止符を打ったのはある夏の日のことでした。「惑星地質学」の授業を担当していた国立天文台の竝木則行教授の専門分野が固体地球と惑星科学のいわばハイブリッドだと知り、8月の大学院入試の直前に三鷹まで話を聞きに行きました。そこで聞いた内容はまさに自分が一番興味を持っていた内容であり、更に小惑星探査ミッション「はやぶさ2」や氷衛星探査ミッションJUICEなど様々な惑星探査にも関与している研究室でした。

実際に探査で得られた地球物理的データを使いながら太陽系天体の内部構造を理解し、そこから惑星の形成進化史を議論していくという話を聞いて、自分のやりたいことが全て体現できると心が躍ったのを覚えています。そこからは早いもので、4年次の特別研究から博士課程に至るまで迷うことなくまっしぐらでここまで至りました。

2. 取り組んできた研究の内容

このように自分の興味にマッチングした研究室ではかなり自由をいただき、(勿論良い意味で)やりたい放題研究を行ってきました。修士ではまず「小惑星でどのような地震が起きるか」をはやぶさ2の人工衝突実験との比較から研究しました(https://www.miz.nao.ac.jp/rise/c/reading/paper-detail-20201225)。また少し前には気象衛星「ひまわり8号」で月の熱物性を測るという新たな挑戦もしています(https://www.miz.nao.ac.jp/rise/c/reading/paper-detail-20220705)。

どちらも個人的には面白くて宣伝したいトピックですが、とりあえずリンク先の記事を読んでいただくことにして、ここでは今現在で取り組んでいる主なテーマをご紹介しようと思います。

今明らかにしようとしていることはズバリ「いつ・どれぐらい月は過去に膨張したか?」です。

「月が膨張した」と聞いて頭にクエスチョンマークを浮かべる人は多数いらっしゃることでしょう。まずはそこから始めたいと思います(図1を見ながらご一読ください)。

月の表面が形成当時にマグマに覆われた状態であったと聞いたことはあるでしょうか?(これも諸説ありますが)太古に地球への原始惑星衝突で生じた破片が集積して月が形成すると、それに伴う熱により月の初期状態はマグマオーシャンに覆われた状態となります。このマグマオーシャンが冷却していくと、現在の地殻・マントルを構成する鉱物が晶出し、最終的にイルメナイトという鉱物に富む層が地殻・マントル間に形成されます。

このイルメナイト層はマントルより重いため、その重力不安定によりイルメナイト層とマントルが入れ替わる「オーバーターン」と呼ばれる現象が起きます。これによりマントルの下部や内部にイルメナイト層が含まれるようになります。イルメナイト層には放射性元素も含まれるため、オーバーターン後にはこの放射壊変熱によりマントルの深部が温められる現象が起きます。この昇温により、月の体積が膨張すると考えられてきました。

実際にこの膨張現象の証拠がNASAの月探査衛星GRAILによる重力場観測により見つかっています。高解像度の重力異常マップを見てみると、月には無数の細長い正の線状重力異常が存在していることが見てとれ、これが膨張に伴って地殻内に貫入したマグマだと考えられています。膨らんだ餅の表面のように、体積が膨張すると月表面には割れ目が生じます。膨張時の昇温に伴うマントルプルームなどによりマグマ活動も引き起こされ、このような割れ目に沿ってマグマが貫入します。マグマは周囲の地殻よりも高密度であるため重力が強く、これが正の線状重力異常として観測されていると考えられています。

月進化のイメージ図
図1: 月進化のイメージ図。上段右図の右半分はGRAIL観測による重力偏差マップ。貫入岩体由来の線状重力異常がハイライトされている。

私は現在この線状重力異常を用い、どのような膨張が起きたかを研究しています。線状重力異常の上には直径100kmを超えるクレーターが点在し、クレーター形成の影響を受けたように見える箇所があります。線状重力異常がクレーターに切られているのか、切られていたらどのような物質が周囲に存在しているのかということを重力異常データや衝突数値計算、周囲の領域の分光データなどを組み合わせて解析・研究しています。これをクレーターの年代と組み合わせて、月がいつ膨張したのか、そして膨張時にはどのようなマグマ活動をしていたのか、を調べています。

基本的には毎日朝から晩までパソコンに向き合い、データ解析や数値計算のプログラムを作成する日々を過ごしています。一見地味ではありますが、未だによく分かっていない月の過去の姿を解き明かすという、まだ誰も知らないことに挑戦するワクワクを感じられるやりがいのある研究生活です。

3. 東大から離れた大学院生活

さて序盤でも述べたように、こんな研究生活を東大ではなく国立天文台を拠点に過ごしています。杉田研究室に属して東大の先生方とも議論をさせてもらいつつも、主に国立天文台の三鷹キャンパスに通い、RISE月惑星探査プロジェクトの竝木教授のご指導のもと研究を行っています。

国立天文台と聞くとALMAなどの天文観測を思い浮かべがちですが、このグループは前述の通り惑星探査に関わる研究室です。月探査衛星「かぐや」の重力・地形観測や「はやぶさ2」のレーザー高度計などを主導し、惑星測地学のメッカと言うべきグループです。その上、国立天文台は大学と異なり研究所であるため、計算サーバーなどの設備が充実していますし、本郷よりも遥かに静かな場所なので、落ち着いて充実した研究生活ができる場所だと実感しています。もし惑星の内部構造などに興味があれば、大学院入試前に是非一度訪問してみて、その雰囲気を味わってみて下さい!

また、この記事を書いている現在、私はドイツにて1年間の研究滞在を行っている最中です。特に国際協力のもと行われる惑星探査ミッションでは、様々な研究所が力を合わせて探査用機器を開発・運用していきます。我々のグループが木星衛星探査計画JUICEのレーザー高度計チームに参加している伝手で、その機器の主任研究者であるドイツ航空宇宙局のDr. Hauke Hußmann のもとに滞在中です。

上述の月のトピックの他に、レーザー高度計の性能評価モデルにも携わっており、日本と異なる研究の風土を味わいつつ、研究の幅を更に広げられています。こういった機会を掴めたのも最先端を行く本専攻で惑星科学を学んだからこそだと思いますので、惑星科学に興味があれば是非本専攻の惑星探査グループを候補に入れてみて下さい。

ドイツ航空宇宙局内の惑星探査機器の展示
図2: ドイツ航空宇宙局内の惑星探査機器の展示。右で青くライトアップされているのは皆さんお馴染みの「はやぶさ2」とその小型着陸機MASCOTです。

4. 最後に

このように東大に属しつつも東大から離れ、探査データを駆使して月などの太陽系天体の進化史を追っています。様々な機関に属しながら多種多様な研究者の意見を貰い、視野の広い研究活動が行えるのは東大で惑星科学を学ぶ強みの一つだと思います。東大のいいとこ取りをしながら少し風変わりで楽しい大学院生活を送る道もあるのだと、これから本専攻を受験する方々の参考になれば幸いです。

西山 学(宇宙惑星科学講座 杉田研/竝木研 博士2年)
[2023.03公開/2022年度「学生の声」]

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