【学生の声2023】世界最北の大学・UNISでの滞在
2023年度「学生の声」
青沼 惠人(地球惑星システム科学講座 修士1年)
はじめまして。地球惑星科学専攻修士1年の青沼惠人と申します。地球惑星システム科学講座・横山研究室に所属しており、大気海洋研究所を拠点に研究生活を送っています。
私は高緯度地域・極域の地球環境システムに興味があり、特に海洋生態系を中心とした研究を志しています。卒論執筆時から現在に至るまで、放射性炭素同位体を用いた海洋生物の回遊履歴解析のプロジェクトに取り組み、複数の学会で口頭発表を行うなどの成果を出しています。
高緯度地域・極域の地球環境システムに関する学習の一環として、今年(2023年)の8月末から10月頭にかけてノルウェー領スバールバル諸島・ロングイェールビーンに位置する世界最北の大学である”The University Centre in Svalbard (略称:UNIS)” に滞在しました。現地では1ヶ月程度のコース “Ecology of Arctic Marine Benthos(北極域における海洋底生生物の生態系)”を履修するとともに、授業の一環として9日間の調査航海に参加しました。今回は現地での滞在報告として、私が北極圏で学習したことをお話できればと思います。
1. コース概要
私は、現地で “Ecology of Arctic Marine Benthos(北極域における海洋底生生物の生態系)” というコースを履修いたしました。このコースは約1ヶ月間にわたるもので、講義・調査航海・実験室でのラボワークがそれぞれ順に実施されました。コースの終わりには試験が実施され、調査航海のレポートと合わせて最終成績が評価されました。
2. 講義
初めの1週間はキャンパスにて講義が行われました。講義は極域の専門家によるオムニバス形式で、1コマ1時間程度の講義が1日に3〜5コマ程度設定されていました。授業は調査航海に向けての事前学習を主な目的とするもので、「北極域の地球環境システムに関する解説」と「北極域に生息する各種生物の紹介」の2つが中心になっていました。
講義の多くはレクチャー形式でしたが、各講義を受講前には講義内容と関連する論文を予め読んでおくことが求められました。実際の講義ではこの論文の内容をさらに掘り下げるような解説がなされることも多く、予習をしっかりと行うことが重要になります。また、一部の講義では論文の内容に関するディスカッションが実施され、論文の内容や解釈についての妥当性を検証する良い機会となりました。
3. 調査航海
9月4日から9月13日まで、ノルウェーの海洋調査船 ”Helmer Hanssen” を用いた調査航海が行われました。初日に安全に関するブリーフィング・諸々の準備を陸上で行ったのち、5日から13日まで、北極海で海洋生物に関する様々な調査を9日間にわたり実施いたしました。
この航海はスバールバル諸島の西岸・北岸を往復する航路で実施され、途中複数のフィヨルドでサンプルの採取や観察などを行いました。サンプルの採取や破壊を伴う調査として、様々な道具を用いた生物の採取を行いました。魚類の採取にはトロールを、堆積物内に生息している生物を採取するためには採泥器を、堆積物の少し上を泳いでいる生物を採取するためにはスレッジという網がついたソリをそれぞれ使用するなど、生物の生息地に合わせて道具の使い分けをする必要があります。今回の授業では予め教員が策定した調査計画に沿って道具の使い分けを行いましたが、実際の研究の際にはこの道具を自分で選択する必要があります。
また、破壊を伴わない調査として小型 ROV(市販品)を用いた生態系調査を行いました。これは船からROVを海に入れ、船上で操縦しながらカメラを通じて海中を観察・撮影するものです。ROVを用いた調査は実際の生息地を観察・撮影できる点で魅力的ですが、小型の生物や堆積物中に生息する生物は観察することができないなど、課題も多くあります。
調査航海といえども、サンプル地点間を移動する間には調査を行うことがありません。移動中には船内のラボを用いて、採取した生物の分類や撮影した映像の分析を行っていました。揺れる船内で顕微鏡を用いることは大変で、慣れない生物の同定にかなり苦労したことを覚えています。
4. ラボワークと試験
調査航海終了後、1週間程度の時間がラボワークに充てられました。キャンパス内の顕微鏡室を使用し、調査航海で採取された生物の分類・記録を実施しました。ラボワーク中には時折教員による解説が行われ、実際のサンプルを参照しつつ、採取された生物についての確認を行うことができました。海洋に生息する生物は時に小さく、形態面での僅かな違いが種を分けることも往々にしてあります。教員からアドバイスを受けながら実際のサンプルと向き合ったことで、このような僅かな違いに対しても理解を深めることができました。
ラボワークの最終日には”Practical Exam” という試験が行われました。これは調査航海で採集された生物について、その分類と学名を正確に把握しているかどうかを問う試験となります。試験は顕微鏡室で行われ、顕微鏡を使ってサンプルを観察し学名を回答する形式でした。学名にあまり慣れ親しんでいなかったため、学名を覚えることは非常に大変であったことを覚えています。なお、生物の学名はラテン語に準拠して命名されるため、ラテン語圏からの学生は比較的容易に学名を覚えられたようです。
なお、このラボワークと並行して、調査航海の報告書の作成を行いました(報告書の作成もコースの修了要件です)。私はトロールによる魚類の生態系調査についての部分を主に担当し、それぞれの魚種が好む環境に関する情報を基に、水温と魚種の関係について考察しました。
ラボワーク終了後、1週間ほど試験勉強期間を空けて最終試験が行われました。最終試験は北極の地球環境システムに関する問題が中心に出題され、かなり多くの量を記述する必要がありました。問題の中には研究計画の作成に近いことを要求する問題もあり、日本の試験よりも実践的な研究スキルが問われていると感じました。
5. サイエンス・コミュニケーション
UNIS滞在中、コースの他に課外活動としてアウトリーチ活動を行う機会に恵まれました。この活動はUNISと地元の観光船会社が提携して実施しているプロジェクトの一環として行われ、観光船のクルーズ中に15分程度、学生が一般に向けて科学関係の話をするというものです。
ここで、私はコース生数名とともに調査航海の結果を発表しました。授業中に行われるプレゼンテーションとは異なり、海洋生物に関する事前知識を想定しない前提でスライドを作成する必要があったため、内容に関する検討を慎重に行いました。このような機会は初めてでしたが、発表は概ね好評で、聴衆の皆さんも発表内容をご理解くださったようです。学生が一般向けにサイエンス・コミュニケーションを行う機会は案外ないもので、貴重な経験になりました。
6. おわりに
最後までお読みいただきありがとうございます。実際に極域に渡航して現地で学習・研究を行うことは非常に貴重な経験になりました。現地滞在中には極域・高緯度のフィールドに興味を持つ世界中の学生と知り合うこともできました。これらの経験は、私の今後に大いに資するのではないでしょうか。貴重な財産が得られたと考えております。
UNISは2週間から3ヶ月ほどのコースを多く開講しており、開講分野も生物学のみならず地質学・地球物理学など多岐にわたります。更に、理学以外にも工学などに関係する講座も開講されています。もしあなたが極域に興味を持っているのであれば、いちどUNISのウェブサイト(unis.no)にアクセスしてコースのリストを覗いてみてください。きっと興味に合うコースが見つかるはずです。
青沼 惠人(地球惑星システム科学講座 横山研 修士1年)
[2024.02公開/2023年度「学生の声」]