【学生の声2022】私の履歴書

2022年度「学生の声」
橋本 恵一(大気海洋科学講座 修士1年)

1. はじめに 

ある日突然、「専攻ホームページに載せる『学生の声』を執筆してほしい」とお声がけをいただきました。はて、いまこれを読んでくださっているあなたは、修士課程への内部進学を控えている地球惑星物理学科・環境学科の後輩でしょうか。それとも、他大学や他学部・学科からの進学を検討しているところ? 或いは、地球惑星物理学科・環境学科への進学を考えている駒場生? はたまた、東京大学の受験を志す高校生? 地球惑星物理学科・地球惑星環境学科・地球惑星科学専攻の三者を兼ねるホームページにこの記事が掲載されるわけですから、おそらくすべての可能性を考慮すべきでしょう(物理とか環境とか、学科とか専攻とか、一体何のことか分からない方。ややこしくてごめんなさいね。あとでちゃんと説明します)。

本稿では高校、東大前期課程、後期課程、大学院の順に私の経歴を辿りながら、その時々に私が体験したこと・考えたことを紹介していきます。あなたが高校生なら、長文(いや本当に長い……)につき恐縮ですがどうぞ全体を読んでみてください。他大学の方も、通して読んでいた だくと東大という場所の雰囲気がなんとなく分かるかもしれません。東大教養学部生なら駒場パートから読んでくだされば構わないでしょう。地物・環境学科の 3・4年生なら、気になるのは院試情報ですね。とにかく、情報全部入りで相当な長文になっていますから、各位必要な部分を選んでお読みください。 

上級生の皆さんと一旦お別れする前に、目次を兼ねて私の経歴をごく簡単に箇条書きしておきます。 

    2018年 静岡県立磐田南高校 理数科 を卒業(▶2. 高校時代)。 
         東京大学 理学部 に推薦入試(現 学校推薦型選抜)で合格、
         教養学部(理科一類) に入学(▶3. 大学入学前期課程)。
    2020年 理学部 地球惑星物理学科 に進学(▶4. 地球惑星物理学科)。
    2022年 大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 に進学(▶5. 大学院入試)、
         現在に至る(▶8. 現在の生活)。
         研究テーマは放射対流平衡系(▶6. 学部特別研究)、
         地球システムモデル(▶7. 大学院での研究)。

以上の「履歴書」を全公開して、以て同じ道を辿らんとする皆さんにとっての道標としたいと思います。また本稿以上の情報を得たい方がアクセスすべき「▶ 9. お役立ちリンク」を、末尾にリストアップしておきます。

2. 高校時代

初対面の人に「大学院で気候の勉強をしています」と言うと、十中八九「昔から興味があったのですか?」と聞かれます。半分 yes、半分 noです。私は高校時代から、部活動として地球科学の研究に取り組んでいました。とはいえ、これが現在の研究テーマに直接結びついているわけではありません。スプライトと呼ばれる高層大気の放電現象(某炭酸飲料とは無関係)の観測はまだ近い領域と言えるかもしれませんが、このほか砂浜の地形変化などもせっせと測量していたものです。高校時代の活動について、朝日新聞地方面のこちらの記事で詳しく取材していただいています。東大推薦入試(この年で 3回目、現在の学校推薦型選抜)に同じ高校から 2人が同時合格したのが珍しいというので紹介していただいたのでした。 

磐田南高校地学部が観測したスプライト(2015年7月10日)
磐田南高校地学部時代の海岸測量の様子

東大理学部・地球惑星物理学科の受験を具体的に意識したのはいつか。高校 3年生のとき参加した JpGU大会であったように思います。JpGUは Japan Geoscience Union=日本地球惑星科学連合の略です。日本の地球惑星科学は気象学会・海洋学会・地質学会・地震学会・火山学会・惑星科学会など分野別に細かく分かれた組織で活動をする一方で、年に一回、これらすべての関係者が一堂に会するイベントを開いています。この地球惑星科学のお祭りでは数多くの研究者が口頭・ポスター発表をするのですが、大会日程の中に一コマ、「高校生によるポスター発表」というセッションが設けられています。高校時代の私もまた、自分のポスターを担いでこれに参加していました。ブースに立っていると高校生の同輩はもちろん、全国の大学生・大学院生・大学教員も物珍しそうに話しかけてきます。

JpGU-AGU Joint Meeting 2017で発表したポスター

 

この中に一人、東京大学の教員と名乗る男性が。当時私が取り組んでいたような雷の研究は、これからの時代、スーパーコンピュータを使ったシミュレーションでできるようになるのだと言い残していきました。スパコンって、京(けい;2012-2019、現在は後継機「富嶽」が運用されています)とか? なるほど、天下の東大に行けばそのような研究をさせてもらえるのでしょう、きっと。

東大に限らず、大学で地球惑星科学を学びたいと考えている高校 2・3年生の皆さん。JpGU、 おすすめです。自分の発表内容がある方はポスターを持ってきたら良いし、別に手ぶらで来てくれても構いません。全国の大学、それぞれの研究室でどのような研究が行われているのか、一度 にたくさんのお話を聞くことができます。2023年大会は 5月21-25日、千葉市幕張で開催の予定 です(「今日」が既に 2023年 5月以降だった場合:JpGU は例年 5月開催です)。最新情報は JpGU ホームページでご確認ください。

3. 大学入学-前期課程

そんなこんなで、高校の担任から勧められたこともあり、東京大学理学部の推薦入試を受験しました。高校生諸氏は、東京大学の一般入試が学部の単位でなく、前期課程のコース(文理科一/二/三類)を選ぶ形で実施されることをよくご存知だと思います。入学後、1・2年生のうち は駒場キャンパスの教養学部に所属してリベラルアーツ教育を受け、3年生になるタイミングで改めて、各自の進む後期課程の学部(その多くは本郷キャンパスに位置する)を選ぶ仕組みです。しかし推薦入試の場合、入試の主体は十学部のそれぞれ。私も理学部に願書を出し、理学部の教員による面接を受け、理学部に合格をしました。でも最初に通うのは、やっぱり駒場キャンパスの教養学部。推薦入試で入ったとしても、受ける授業・取得すべき単位は一般入試入学生と同じです。それなら何が違うのか?——これ以上は地惑専攻 HPにスペースをいただいて書く話でもない気がするので、興味のある方は、「高校生・受験生が東大をもっと知るためのサイト キミの東大」の記事をご覧いただくか、大学本部開催の「学校推薦型選抜オンライン説明会-現役推薦入学生と交流しよう!-」にお越しいただくことをお勧めします。後者には、私もなるべく出席 するようにしています。

理科一類では力学や熱力学、電磁気学、線形代数学、微分積分学等が必修科目として課されま す。これらはすべて、現在私が学んでいる大気物理学の基礎として大変重要です。このほか教養学部では、文系科目を含む幅広い学問の講義を第一線で活躍する研究者から聞くことができました。本郷の後期課程とはまた違った意味で刺激的な毎日。もし、読者のあなたがいま東大の1・2年生だとしたら、存分に楽しんでからこちらに来てくださいね。

地球惑星科学専攻の教員が何名か、駒場キャンパスに出張して 1・2年生向けの授業を実施し ています。「惑星地球科学Ⅰ」「惑星地球科学 II」「地球惑星物理学入門」「気候物理学入門 -移ろいゆく気候の科学-」「大気海洋科学の最前線」「歴史資料と地震・火山噴火」や初年次ゼミナールの一部授業などです(漏れているものがあったらごめんなさい)。地球惑星物理・環境学科の教員の授業を早めに体験してみたいという方は、ぜひ受講してみると良いでしょう。私自身は「地球惑星物理学入門」を受講しましたが、地物学科がカバーしている研究領域について、ざっくり概観する授業という印象でした。

地球惑星科学専攻の担当領域は、(組織図的には) 5つの分野に区分されています。私は推薦 入試入学生ゆえ進学選択はすっ飛ばしてしまいましたので、もう次の章に移って地物学科・環境学科の詳しい説明に入ってしまいたいと思います。

4. 地球惑星物理学科(・地球惑星環境学科)

東京大学で地球惑星科学をカバーしているのが、学部(いわゆる大学の 1-4年生)で言えば理学部地球惑星物理学科(略=地物学科)・地球惑星環境学科(略=環境学科)です。また両学科を卒業した学生が大学院で所属するのが、理学系研究科地球惑星科学専攻(略=地惑専攻)です。教員は多くの場合、大学院の専攻と、学部のいずれかの学科を兼ねるような形で籍を置いています。またこのホームページが三者を兼ねていることから分かるとおり、運営面では概ね一体となっています。

地物学科・環境学科の研究対象を一言で表すと、…………これがなかなか難しい。組織図的な区分に従って、五言で説明します(カッコ内に組織図上の呼び名を記します)。まず、地球の地表面の下にある岩石・金属の部分(固体地球科学)。次に、地球表面を覆う大気と海洋(大気海洋科学;あまりに結びつきが強いので一緒に扱われます)。また、同じく地球表面で活動する生命の営み(地球生命圏科学)。そして、地球を取り囲む惑星・太陽系や、そのアナロジーと見える系外惑星(宇宙惑星科学)。最後に、ここまでの 4つの領域相互の関わりが成すシステムとしての地球(地球惑星システム科学)。

あれっ、地物学科と環境学科で同じことを対象としているの? そう思ったあなたは鋭い。興味の対象は基本的に一緒です。じゃあ何が違うのか。学部卒業までに叩き込まれるスキルが異なります。 地球惑星物理学科では、データの分析やシミュレーションの実施に必須となるプログラミングの基礎を学びます。一方地球惑星環境学科の学生は野外実習に繰り出して、フィールド調査のプロになることができます。

私は地球惑星物理学科の出身です。プログラミング屋さんということになっています。2年生の後半(Aセメスター)から、私が地物学科で経験した時間割を紹介していきたいと思います。えっ、2年生のときはまだ理科一類では、って? 進学選択は 2年生の夏休みのうちに終わっていて、10月からは後期課程の各学科が定める科目を受講することになるのです。地物学科の場合、 電磁気学や解析力学、量子力学など物理学の基礎的な勉強を続けます。これらの科目は物理学科や天文学科と合同で、駒場キャンパス開講です。また地物学科だけで集まる授業として、物理や数学の問題演習がありました。地物の教員による丁寧な授業進行で、駒場キャンパスで学んでき たことの良い復習になります。

3年生に上がると学生証が理学部のものに換わり、通うキャンパスも本郷となります(私の場合、ここから 2年間の授業は原則オンラインでした)。座学の授業は弾性体力学や(電磁) 流体力学など、地球とその周辺を構成する具体的な物質(岩石や水、空気、プラズマ等)を意識したものになっていきます。またお楽しみの計算機演習——プログラミングの授業も始まります。 Fortranという言語を主に使います。 C言語や Pythonなら知っているけど、Fortranなんて聞いたことがないって? うーん、世の中一般では「化石のような昔の言語」と思われているみたいで すが、科学技術計算、特に地球惑星科学ではまだまだ現役の、大規模で高速な処理に強い言語です。計算機の初歩の初歩 (コマンドの「カタカタカタッターン!」でコンピュータを操作したり)から始まって、4ヶ月後には簡単なシミュレーションのようなものを作って動かすところまでいきます。 先輩学生が TA(ティーチングアシスタント)として入ったりもして、かなり手厚く教えてくれる授 業と言える……はず(私も TA やってます)!コンピュータが得意な方は張り切って、今のところ 得意でない方もあまり心配せずにおいでください。

3年生の夏休みには観測実習があります。うん、地物学科も野外実習の機会はあるのですよ。 夜間大気光観測、大気物質科学観測、大気物理学観測、海洋物理学観測、地震観測、測地観測、地球熱学観測、火山化学観測(なんのこっちゃ)のうちから(予定)好きな課題を選び、グループごとに観測機器を担いで調査に出かけます。 私は海洋物理学観測を選択し、八丈島から東京港に向かう貨客船の上から黒潮の流量を観測しました。船の甲板から身を乗り出して、円筒形の測器をポンポン投下するのです。こうした観測は海洋学の研究者が、世界の海を駆け巡りながら実際に日々行っていることです(最近は自動観測や衛星観測も随分充実してきていますが)。なお 東京港に上陸の後は、件の Fortranを使ってデータ処理です。測器が実際に記録するのは各地点の海水の、水温と塩分の鉛直分布。ここで「温度風の関係」と呼ばれる流体力学の法則を用いると、めでたく黒潮の流速分布を得ることができるというわけです。最終的には、観測の結果を学科内の発表会でプレゼンします。

観測実習の様子


3年生の後半は、だんだんマニアック(地球惑星科学仕様)になっていく物理の座学と、週 3回午後いっぱいの実験の授業があります。実験課題は 5つ:電気回路、真空・熱、分光・光計測、弾性、顕微鏡のすべてを順繰りに体験します。膝までシミュレーション畑に埋まってしまった私にとっては、これが人生最後の実験であったのかも。たぶん。実験操作そのものも、実験前の予習も、実験後の処理や考察もそれなりに大変ではありましたが、こういう機会に、世界の誰かが現場でとってくださった膨大なデータの有り難みを痛感するわけです。

学部の最終学年に上がると、「地球惑星物理学特別演習」なる論文読みの授業が始まります。二ヶ月ごと別々の先生の指導を受けます。私の場合、前半は地震研究所の武井康子教授のもとで、 岩石の中に生じる微小な亀裂に関する論文を読みながら、武井研究室で計画していた地震波速度に関する室内実験について議論をしました。また後半は地惑専攻大気海洋科学講座の日比谷紀之教授(2022年3月に退官されました)の指導を受け、海洋の深層循環に関する古典的名著……もとい、名論文を読み解きました。一方座学のコマはだいぶ減って、そろそろ大学院入試の心配を始めることになります。

5. 大学院入試(・研究室選び)

見出しをご覧ください。「大学院入試」はともかくとして、「(・研究室選び)」えっ? 私も最初は驚きました。 他所の学部・大学では 4年生に上がるタイミングで研究室配属があり卒業研究に取り掛かるようなお話をよく聞きますが、弊学科では夏休みの大学院入試まで、研究室を選ぶという機会は訪れません。

そもそも論として、大学院進学を当然のことのように話している私の口ぶりが気になった方 がいるかもしれません。地物学科は一学年 30名ほどの学生がいますが、例年、うち 1、2名のみが学部卒業後すぐ就職し、他の殆どが大学院修士課程に進学します。

そんなわけで学部と大学院をセットと思って、大学院入試と研究室選びの流れを紹介していきたいと思います。4年生の前半時点で、地物の学生は自分の研究テーマを持っていません。学期の前後半で各 1名の教員の指導を受ける「地球惑星物理学特別演習」も、特に自分の専門を決めるものではありません。というよりも、専門分化していく前に多様な研究領域に触れる、最後の機会と位置付けられています。そして迎える大学院入試、6月末~7月頭に願書を出すとき、自分が最終的に足を踏み入れる(場合によっては、骨を埋める)分野を決断する必要があります。前節で説明した(未読の方も前節まで戻るには及びません) 地球惑星科学の 5つの分野 (大気海洋科学講座、宇宙惑星科学講座、地球惑星システム科学講座、固体地球科学講座、地球生命圏科学講座)のうちどこに進むか、選択をするわけです。とはいえ実際には、このとき多くの受験生が「どの講座に行きたい」というよりは、各講座に属するどの研究室に行きたいのか具体的に当たりをつけていることでしょう。研究室選びについて、詳しくは後段で説明します。ともかく願書を出して、夏休みに筆記試験を受け、また志望した講座の教員による面接を受ける。院試の流 れはこんな感じです。合格発表は 9月の中旬。これ以降 10月にかけて、「公式な」研究室訪問を何件か繰り返し実際に所属する研究室が決定します。

合格発表後の研究室訪問に「公式な」という文言をつけました。これは、大学院入試の制度として決められた研究室訪問のことを指します。それでは非公式な研究室訪問とは何か。多くの受験生は夏休み以前に、気になる教員と私的にコンタクトをとって研究室選択の当たりをつけています。地惑専攻所属の各教員のメールアドレスは、理学系研究科ホームページの「教員一覧」で調べることができます。また地惑専攻の大学院入試を受けて地震研究所や大気海洋研究所など他部局の研究室を志望することもできます(このあたりについて詳細は、募集要項等を参照してください。この場合、教員の連絡先は各部局のホームページから調べることになります。スケジュールに余裕をもって、気になる教員とは一通り会っておくことをお勧めします。

長々と一般論ばかり書き連ねてしまいましたが、このあたりで私自身の物語に戻りたいと思 います。4年生になっても、私はどの領域を自分の専門として選ぶか、あまり心を決め切らずにいました。何しろ高校時代は高層大気の観測と海岸地形の測量を二足草鞋でやっていたような人間ですので、興味のストライクゾーンが比較的広いのです。選択科目もだいたい一通りの分野を履修していて(お陰様で卒業要件よりだいぶ余分に単位が集まりました)、ここからどこに行くことも可能という状態でした。最終的な決断のきっかけ……というほどはっきりとした理由があったわけではないのですが、結局は大気物理学の道へ進むことになりました。本稿を最初から読み通してくださった方は覚えていることと思いますが、私は高校時代に一人の東大教員と出会って、スーパーコンピュータを用いた気象シミュレーションの可能性について話を聞かされています。それを実際に手掛けてみたい、という貪着がここで多少作用したことは確かです。

現在の指導教員というのも、高校生の私に声をかけてきた三浦裕亮准教授その人です。いくつかの研究室を訪問して、結局ここに落ち着きました。ここで皆さんに、研究室選びで考えると良い事項をいくつか紹介したいと思います。

最も重要なのは、指導教員をはじめとする研究室のメンバーと良好な人間関係が築けそうか否か。修士課程で 2年間、博士課程も含めるとさらに数年間をともに過ごすことになります。ここでいらぬストレスを抱え込むようでは、とても研究に打ち込むどころではありません。研究室訪問の限られた時間ではありますが、教員としっかり会話をして、また先輩院生に生活の様子を教えてもらうなどして、注意深く吟味しましょう。高等テクニック(?)として、教員自身に、「ここ以外で訪問すべき研究室はありますか?」と質問してみるのも役に立ちます(もちろん、あくまで失礼にあたらないように!)。教員同士の中で特に尊敬を集めている先生がいるとしたら、一度お話を聞いてみる価値があるでしょう。私自身、訪問したうちの何名かの先生が他のお勧め教員をリストアップしてくださり、検討のうえで非常に助けられました。

前述の内容と重なる部分も大きいのですが、指導方針が自分に合いそうか否かもよく考慮してください。分かりやすい軸を設定するならば、細かく管理されるのと、自由に放牧されるのとどちらが良いか。ある研究室では、メンバー全員で毎週集まって進捗報告会をするということです。我が三浦研ではとても考えられないことで、毎週集まると言っても教科書読みのゼミのみ。教員との定例の面談も、現在の私は月一回しかありません (立ち話くらいの機会ならそれなりに ありますが)。

三つ目になってようやく、自分が取り組みたい研究テーマの指導が受けられるか。このあたりも、教員や先輩に直接相談し探ってみるのが良いでしょう。その研究室で選択可能な研究テーマが、教員自身の専門と必ずしも同一でないことに注意が必要です。私自身も教員の守備範囲からはだいぶ外れたテーマを持っていますし(後で詳しく紹介します)、隣の王道気象学の研究室では、同級生がなぜか火星大気の研究をしています(本当に何故だろう……?)。また、いまあなたが取り組みたいと思っているテーマがあったとして、それが本当に学問的に面白いか、或いは学界でホットな時期に当たっているかは簡単には分かりません。大学院生になって、論文を読んだりセミナー・学会に出たりする中でやりたいことが変化していく可能性も十分にありますから、研究室選びにおける研究テーマの優先順位はやはりトップではない。あまりかたく考え過ぎず。

6. 学部特別研究

怒涛の夏休みが終わった 4年生の後半。地物学科ではここでようやく、学部卒業に向けて自分の研究をすることが許されます(「特別研究」と呼びます)。特別研究の指導教員は、大学院で進学予定の研究室をもとに選ぶ学生がほとんどです。私も例外でなく、三浦研究室の準メンバーのような扱いで研究に取り組みました。 

研究の題目は、「放射対流平衡系における雲の自己組織化シミュレーションの解像度・領域サイズ依存性」です。なにやら難しそうな言葉が並んでいますね。順番に説明します。 

皆さん、天気予報は毎朝チェックしますか? 一時間後、一日後、或いは一週間後くらいまで、それなりの精度で全国の天気を教えてくれます。未来の雲の動きをどのように予想しているのか。 そこではコンピュータを使ったシミュレーションが活躍しています。私が取り組んだのはこのような気象モデルを使った研究ですが、なにも天気予報をしようとしたわけではありません。現実の日本の天気ではなく、色々な要素を取り除いたシンプルな条件を考えて雲の本質的な振る舞いを調べたのです。まず、日本列島のような陸地はなくして海面水温を 300 Kで一定・一様とした海を張ります。計算する領域は数百 km 四方の正方形です。地球の自転も止めてしまいましょう (コリオリ力ゼロ、日射固定)。 このような条件では、大気の放射冷却によって生じた不安定が、鉛直の対流と海面からのエネルギー供給(地表面フラックス)によって解消されます。このような系を「放射対流平衡系」と呼びます。 

放射対流平衡系のシミュレーションは 2種類の振る舞いを見せることが知られています。一つ目が「散在状態」で、領域全体に細かく対流が起きて雲ができます。もう一方が「自己組織化状態」で、対流が領域の一部に局所化し残りは乾燥して晴れた状態になります。 

散在状態にある放射対流平衡系の水蒸気の水平分布
組織化状態にある放射対流平衡系の水蒸気の水平分布、
茶色が乾燥領域(ドライパッチ)を表す

さて、系がどちらの状態に転ぶか、ですが、驚いたことにシミュレーションの水平解像度と水平領域サイズに依存することが知られています。ざっくり言えば解像度が粗く、領域が大きいと組織化状態になる傾向にあります。誤解を恐れずに言うならば、天気予報に使うシミュレーションの細かさの設定によって、明日の天気が変わってしまうとしたら大問題ではないですか? Yanase et al. (2020)は両状態の境界線を詳細に調べ、水平解像度 2000 mを境に、組織化に必要な水平領域サイズが突然小さくなる(水平解像度 2000 mより大きくなると領域サイズの閾値が 500 km四方から 200 km四方程度に縮小する)ことを明らかにしました。Hung and Miura (2021) はこれを受けて、水平解像度 2000 mピッタリのときはどうなるかを調べました。私はさらにこの後、水平解像度 4000 m・領域サイズ 200 km程度の閾値ピッタリにおける系の振る舞いを調べました。 学部 4年生の研究テーマにしてはマニアックすぎるって? よく言われます。以前からずっと放射対流平衡というフィールドにずっと興味があったのか? 流石にそんなことはありません。指導教員から提示されたテーマです。先行研究を手がけた Hungさんは、三浦研究室の博士課程学生でした(当時)。ですから私は「お手本」が身近にいる状態で、大学での最初の研究に取り組むことができたのです。実際、モデルの動かし方などは Hungさんに一から教えていただ きました。 

ちょびちょび条件をいじりながら、東京大学のスーパーコンピュータ Oakforest-PACS(2022年にサービス終了、現在は Wisteria/BDEC-01 が跡を継いでいます)で領域モデル SCALE-RM (理化学研究所)のシミュレーションをくるくる回す日々。放射対流平衡に関する大物研究者の論文も数多く目を通しました。週一回、教員とのミーティングがありました。また研究室の教科書読みゼミにもこの頃から参加していました。 

1月には研究したことを一旦まとめ、学科内の発表会で口頭発表。そして大学院進学後もこのテーマに引き続き取り組……むことにはなりませんでした。 

7. 大学院での研究

割合に多くの地物同級生が、学部卒業研究のテーマを現在まで引っ張っています。私も 5月までは放射対流平衡の実験を続け、一定の成果を得てから下旬の JpGU大会(学会)にポスターを持ち込みました。しかしながら、それ以降はこの研究を一旦傍に置いて、別のテーマにシフトしています。 

JpGU 2022年大会で発表したポスター


その新しいテーマというのが、地球システムモデル (ESM)、次世代の気候モデルです。放射対流平衡実験で使用したのは小さな箱庭領域を扱う「領域モデル」でしたが、こんど扱うのは地球全体の気候の行く末を計算する「全球モデル」。これまで( IPCC 第5次報告書(2013-2014)の 世代まで)気候予測の主力として、大気の動きと海洋の変化を組み合わせて計算する「大気海洋結合モデル」が広く用いられてきました。そして近年、大気海洋結合モデルに人間や植物の活動、 炭素や窒素等の物質の動態などを付け加えた ESMが注目されるようになっています。 

まず、わざわざ研究テーマを切り替えた理由は? 放射対流平衡系は、たとえば「雲の大きさはどのように決まっているのか?」などといった根源的な問いに答えるうえで重要な意味をもっています。しかしながら、本業としてこれから取り組んでいくのは、もう少し現実の大気に近い領域が良いだろう——指導教員と面談しているとき、言われたのです。「地球システムモデルをやってみないか。」 

いまのところ、東京大学には ESMを動かしている人は誰もいないのだそうです。だからこそ、ブルー・オーシャンに参入するという意味もありこのテーマを勧められたわけです。でもここで、大きな問題が。指導者がいない。放射対流平衡系のときは Hungさんのご厄介になることができ ましたが、今回は指導教員にとってすら未知の世界……

我が国における ESM開発の中心地は JAMSTEC(海洋研究開発機構)横浜研究所です。私は指導教員の引き合わせにより、JAMSTECの ESM開発会議で門前小僧をすることになりました。とにかく会議を隅で聞いて、現在の ESMコミュニティが抱いている問題意識を把握する。そのうえで、1月ごろには自分の修論の課題を具体化していく。そのような予定となっています。 

大学院に入ってから勉強を始め修士論文のテーマを検討していくというのは、どちらかというと、外部進学の方に近いフローとなっているかもしれません。私の研究室同期は他大学の物理学科からやって来たのですが、やはりいま熱帯大気の教科書を読みながら、段々と研究テーマを 絞り込んでいくことになっています。

8. 現在の生活

そんなわけで現在の研究生活は、日々手を動かすというよりは ESMに関する文献の読み込み、そしてときどき横浜訪問ということになっています。また定例(週一~)の各種セミナーがあり、研究室で教科書を読んだり、三つの研究室合同で論文紹介をしたり、本郷・柏(大気海洋研究所) 合同で大気海洋結合モデルに関して勉強したり。座学の授業は週 4コマです。作業自体はオンラインで可能なものが多いのですが、キャンパスには原則、週 5日行くようにしています。2年ぶりに買った通学定期券がありますからね。学部時代にしていたようなアルバイト(家庭教師や塾講師、東大生協)は辞めてしまったのですが、いつの間にか大学関連の仕事が増殖していました。 授業の TA(ティーチングアシスタント)をはじめ、大学本部による学校推薦型選抜説明会スタッフ、そして変わったところでは、経済学研究科の先生のアウトリーチ動画編集など。 

9. お役立ちリンク

一万字以上を費やして、現在までの私の経歴を紹介してきました。この中に一つや二つ、あなたの進路決定に役立つ情報が入っていれば良いのですが。とはいえここにあるのはあくまで、私というサンプル数= 1のお話。これから手広く情報収集をしようという方がどこを見ると良いのか、お勧めのソースをリストアップして筆を置きたいと思います。 

地物・環境学科に興味がある
地物学科ウェブページ:案内のパンフレットがダウンロードできます。
環境学科ウェブページ:案内のパンフレットがダウンロードできます。
専攻 Twitter:最新情報を案内しています。
五月祭:地物学科・環境学科それぞれの学生が展示を出します。
理学部オープンキャンパス:教員の講演や、教員・学生への相談・質問コーナー。参考=2021年度ページ 
【駒場生向け】進学ガイダンス:地物学科・環境学科合同。教員と学生による講演、質問コーナ ー。詳しくは専攻イベント情報ページへ。 

地球惑星科学専攻に興味がある
大学院入学案内(専攻):まずはここを見ましょう。
修士課程入学案内(研究科) : 大学院入試をとりまとめているのは理学系研究科です。このペー ジもチェックしましょう。 
教員一覧:研究室訪問をしたい場合は、ここから教員の連絡先を調べることができます。 

橋本 恵一(大気海洋科学講座 三浦研  修士1年)
[2022.08公開/2022年度「学生の声」]

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