原発事故で生じた汚染物中の放射性セシウム保持物質を判別・定量化する手法の確立に成功
プレスリリース
奥村 大河(地球惑星科学専攻 特任研究員)、小暮 敏博(地球惑星科学専攻 教授)
発表のポイント
- 東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下、福島原発事故)によって放出された放射性セシウムは、原子炉から直接飛散した放射性ガラス微粒子に含まれた形態と、鉱物粒子に収着した形態として環境中に存在している。詳細な汚染実態を把握するためには、2つの存在形態を判別し、それぞれの割合を見積もる手法の確立が望まれていた。
- 放射性セシウムに汚染された試料(農業資材、土壌、植物など)を適当な条件で酸処理することで、鉱物粒子は部分的に溶解して放射性セシウムを脱離するが、放射性ガラス微粒子はほとんど溶解せず放射能の変化は小さいことを明らかにした。これにより汚染試料中における上記の2つの形態の判別と存在割合の評価が可能となった。
- 今後この手法によってさまざまな地域や種類の汚染物中の放射性セシウムの存在形態を明らかにすることで、福島原発事故による汚染の実態解明が前進することが期待される。
概要
福島原発事故により大気中に放出されたガス状の放射性セシウムは、降雨時に雨滴等に取り込まれて地上に落下し、土壌中の小さな鉱物粒子等に吸着・固定(以下、収着)していると考えられている。一方破損した原子炉から放出された放射性セシウムの一部は、セシウムボールとも呼ばれる数ミクロン(μm)以下のガラス微粒子に封じこめられた状態で飛散したこともわかってきた。しかし、福島原発事故由来の放射性セシウムに汚染された物質に、どの程度の割合のガラス微粒子が存在しているかを見積もるための信頼できる評価手法はなかった。
東京大学と農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の研究グループは、福島原発事故以来、放射性セシウムを保持した鉱物粒子やガラス微粒子の構造やその諸特性の解明を進めてきた。最近はさまざまな条件でのこれらの粒子からの放射性セシウムの脱離特性を調べている。そのような研究の結果から、2つの粒子では酸性溶液中での挙動が大きく異なることが明らかとなった。汚染試料を適当な条件下で酸に浸漬することにより、鉱物粒子は部分的に溶解し、そこに収着していた放射性セシウムは大きく減少するが、放射性ガラス微粒子はほとんど溶解しないため、放射性セシウムが保持されたままとなる。すなわち酸処理前後での放射線量やIPオートラジオグラフィ(注1) で見つかる試料中の輝点(放射性セシウムの濃集物質に対応)の比較により、鉱物粒子とガラス微粒子を判別し、それぞれの存在割合を見積もることができると結論された。本報告ではこの手法によって福島県で採取された2つの汚染試料における鉱物粒子とガラス微粒子由来の放射性セシウムの割合を明らかにした。今後この手法を、福島原発事故後にさまざまな地域で採取された試料に適用することで、その中の放射性セシウムの存在形態を明確にし、ガラス微粒子の分布域など福島原発事故による汚染実態の理解が可能となることが期待される。
用語解説
注1 IPオートラジオグラフィ
放射性元素等から放出されるX線や電子線によって感光する記録媒体を試料に密着させ、試料中の放射性元素の分布を調べる手法をオートラジオグラフィと呼ぶ。従来は記録媒体として銀塩フィルムなどが使われていたが、デジタル化が容易で定量性の優れたイメージングプレート(IP)を使うときは、IPオートラジオグラフィと呼ばれる。
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