火星からのサンプルリターンで有効な微生物不活化技術の開発に成功 -塩化カルシウム浸け1分でウィルスを不活化-

プレスリリース
幸塚 麻里子特任研究員、末岡 優里(修士課程2年)、鈴木 庸平准教授

発表のポイント

  • 火星生命の存在を証明するには、帰還試料を地球で高感度・高精度分析する必要があるが、火星生命の地球への拡散を防ぐため、帰還試料は分析前に滅菌する必要がある。
  • 炭酸カルシウムの結晶粒に微生物を封じ込める処理が、微生物の不活化と高感度・高精度分析を両立させる新たな手段になることが明らかとなった。
  • 従来の滅菌法と異なり、生体由来分子の破壊を最小限にする一方で、ウィルスの感染能力を1分間で喪失させる効果から、感染症防止の安価な消毒方法としての利用も期待される。

概要

火星の地殻上部は37億年前の大規模な火山活動で噴出した溶岩で覆われる。最近の衛星観測により、火星の地下深部に生命活動に必要な液体の水が存在することが明らかになったことから、火星に地球外生命が存在する可能性が指摘されている。火星はプレートテクトニクスによる地殻変動が不在のため、表層の岩石は地球の同年代のものと比較すると、熱や圧縮による変質の度合いが極端に低い。火星は30億年前まで地上に水が存在したことも明らかになっており、仮に火星に生命が誕生して30億年前まで地上で生息していた場合、宇宙空間の真空と低温による凍結乾燥効果も加わり、生命の痕跡が良い保存状態で発見されると期待される。

火星生命が存在する決定的な証拠を得るためには、地球に帰還した岩石試料を高感度・高精度分析(注1)により調べる必要がある。しかし、地球に帰還後は隔離施設(注2)で厳重に管理され、高感度・高精度分析を行う際には、隔離施設から帰還試料を持ち出す必要がある。その場合は、火星生命の地球生態系への飛散を防ぐため、加熱とアルカリ処理による二重の滅菌方式が検討されている。しかし、試料帰還の主目的である有機物から成る生体由来分子(注3)が、二重滅菌により破壊される可能性があり、技術上の問題となっている。

東京大学大学院理学系研究科の鈴木庸平准教授の研究グループは、火星の地表を覆う溶岩と類似する海洋地殻上部の玄武岩コア試料を用いて、岩石内部の微生物細胞を可視化し、細胞密度の測定に成功した(関連文献参照)。この手法は、帰還試料に生命が現存するかだけでなく、過去の生命活動の痕跡検出にも応用できるため、火星の生命探査において活用が検討されている。しかし、この分析手法を適用するためには、帰還試料を隔離施設外に持ち出す必要があり、帰還試料を滅菌した後でも分析可能な技術を開発する必要があった。そこで、炭酸カルシウム(注4)の結晶粒に微生物を封じ込めることで不活化し、封じ込めた微生物を上記の分析手法で細胞検出可能か研究を行った。その結果、炭酸カルシウムを形成する手順で加える飽和した塩化カルシウム(注5)の溶液中で、細菌とウィルス(注6)が1分以内で不活化し、増殖能と感染能力が喪失することが明らかとなった(図1)。また、炭酸カルシウムの結晶粒に封じ込まれた細菌を可視化し、密度測定にも成功したため、生命検出と不活化を両立する技術であるといえる。

今後、この処理法をさまざまな生物で試験し、滅菌技術(注7)として確立できれば、火星から採取した試料に適用し、地球への帰還時の安全性確保につながる。また、新規のウィルスの不活化技術として、新型コロナなどのウィルスに対する感染症対策への応用も期待される。

火星からのサンプルリターンで有効な微生物不活化技術の開発に成功 -塩化カルシウム浸け1分でウィルスを不活化-
図1:バクテリオファージT4に感染させた大腸菌の増殖曲線。炭酸カルシウムの処理をしないウィルスを感染させた大腸菌は増殖が停止したが(青丸)、塩化カルシウムと反応させた(緑×)、および炭酸カルシウムを形成させたウィルスは感染能力を失い、感染開始後もウィルスを感染させない大腸菌(赤三角)と同様に増殖を継続した。

用語解説

注1 高感度・高精度分析
メタンガス、有機物、炭酸塩、黄鉄鉱などの安定同位体組成、微生物の形状をした構造とその内部の化学組成を調べるための分析で、探査車や注2の隔離施設内では分析が困難な場合が多い。

注2 隔離施設
地球で知られる最小の生物は大きさが17nmのため、火星試料にも同様の大きさ生物がいた場合を想定して、施設内部からの大気の放出を制限可能なバイオセーフティーレベル4の実験施設。バイオセーフティーは実験で扱う生物の危険度によって階層分けされており、レベル4は最高度安全実験施設で、エボラウィルスなどの人間の致死率の高い病原体などを実験できる施設。

注3 有機物から成る生体由来分子
アミノ酸、脂質、核酸などの地球上の生物で知られる生体由来分子のほかにも、隕石などに含まれる有機高分子も分析の対象となる。

注4 炭酸カルシウム
真珠や珊瑚の骨格の材料で、石灰岩の主成分。

注5 塩化カルシウム
塩カルとも呼ばれ、除湿剤、融雪剤、豆腐用凝固剤、食品添加物などに使用される。水に溶けると発熱し、弱アルカリ性になる。

注6 細菌とウィルス
細菌とウィルスには感染症を引き起こす病原体が含まれるが、大きさや構造が異なる。ウィルスは自己増殖できず、他の生物に感染して増殖し、感染した生物の細胞を破壊する。

注7 滅菌技術
滅菌とは細菌とウィルスを問わず、すべての菌を死滅させる処理で、ある特定の菌を死滅させる殺菌よりも厳しい対応である。今回の処理法では死滅した菌の種類が限定的なため、滅菌技術までいたっていない。

詳細については、以下をご参照ください。