【ウェブマガジン第19号】原始惑星系円盤の化学進化とスノーライン – 水・有機分子の起源に迫る
野津 翔太 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 地球惑星システム科学講座 助教)
今までに5000個以上の太陽系外惑星が発見されていますが、軌道や質量などが従来の惑星系形成理論で説明困難なものも存在します。私は多様な太陽系外惑星の分布・大気構造も普遍的に説明できる理論の構築を目指し、惑星形成の現場である原始惑星系円盤(および原始星天体・系外惑星大気)の物理・化学構造とその進化を、国内外の共同研究者とも協力しつつ理論モデル計算と天文観測の手法を用いて幅広く研究してきました。以下、最近の主な研究課題の概要を紹介させて頂きます。
これらの研究においては、原始惑星系円盤内で各分子が気相・固相で存在する領域の境界である”スノーライン”が共通の鍵となっています。スノーラインを軸に円盤内の温度分布・分子組成分布とその時間進化、惑星形成環境との関わりなどについて議論を進める中で、星・惑星形成段階の化学進化過程の理解の深化を目指してきました。(図1) また化学反応ネットワーク計算を用いた理論モデルに基づき、将来の赤外線・電波望遠鏡の観測計画への提言も行ってきました。
今後は円盤化学構造と太陽系始原天体の化学組成の比較など、天文学・惑星科学を繋ぐ観点の議論・研究もさらに深めていく事ができればと考えています。
(1) 原始惑星系円盤のH2Oスノーライン: 化学構造計算・高分散分光観測による位置決定
H2Oスノーライン(昇華半径) は地球型の岩石惑星と木星型のガス惑星の形成領域の境界とされ、様々な円盤においてH2Oスノーラインの位置を知ることは、微惑星・惑星形成過程や、地球上の水の起源を理解する上でも重要です。
ここで円盤はほぼケプラー回転している為、輝線のドップラーシフトの解析から輝線放射領域の中心星からの距離の情報が得られます。そこで詳細な円盤物理構造モデルの下で円盤中のH2O存在量とその分布を化学反応ネットワーク計算で調べた後、その結果を元に多数のH2O輝線プロファイルを計算し、H2O分子輝線の高分散分光観測によるH2Oスノーライン位置同定の可能性を調べました。その結果アインシュタインのA係数が小さく励起エネルギーが比較的高い輝線の場合、円盤赤道面のH2Oスノーライン内側からの放射が光学的に薄い円盤外側からの放射と比べ強くなる為、この様な特徴を持つ輝線プロファイルを調べる事で、H2Oスノーラインの位置を同定できると分かりました。(図2)
またこの様な水輝線は中間赤外線からサブミリ波までの幅広い波長帯に多数存在し,ALMA望遠鏡 (アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計) や次世代の中間赤外線・遠赤外線天文衛星で観測可能であると分かりました。私たちは得られたモデル計算結果をもとに、円盤からのH2O輝線検出を目指したALMA望遠鏡観測も進めていて、現在までに一天体で円盤H2Oスノーライン位置の上限値を求めています。また、H2Oスノーラインの同定を目指した水輝線観測は、日本が主導する次世代赤外線天文衛星の重要サイエンスの一つにも選ばれています。
(2) 太陽系外惑星大気と円盤の化学構造の関係 -元素組成比と惑星形成環境-
原始惑星系円盤の化学構造の理解は、円盤観測や惑星大気観測、太陽系始原天体(小惑星・彗星)探査・観測の結果を解釈する上でも重要です。(図1) 特に、惑星大気の元素組成(C/O比, N/O比など)は、大気形成時の円盤ガス元素組成を反映すると考えられます。(図3) 従来の研究においては、円盤密度・温度分布については滑らかな冪分布がよく仮定されていました。しかし近年のALMA望遠鏡の観測による円盤リング・ギャップ構造(ダスト濃集領域)の発見等も踏まえると、多種多様な太陽系外惑星の形成過程の理解の為には、より現実的な円盤条件下で化学構造計算を進める事が重要です。
私たちはこれまで構築を進めてきたガス・ダスト化学反応ネットワーク計算モデルを応用し、H2Oスノーライン付近でのダスト濃集に伴い形成される影構造(低温領域)を持つ円盤赤道面の詳細な化学構造計算を行い、主要分子の組成や元素組成比、有機分子形成等への影響を議論しています。
(3) 原始星天体の化学的多様性: H2O及び関連分子組成に対する中心星X線放射の影響
近年の観測により、複数の低質量原始星周りの降着エンベロープ内縁高温部において、分子雲のH2O氷組成(~10-4)と比べ2桁以上低いH2Oガス分子組成が報告されています。原始星のX線放射によるH2O分子の破壊反応が効いている可能性がありますが、その詳細な化学反応過程や、代わりに酸素原子を保持する関連分子の組成等は詳しく調べられていませんでした。そこで私たちは、低質量原始星周りのエンベロープの詳細な化学反応ネットワーク計算を行い、 H2Oや関連分子組成のX線放射に対する依存性等を調べました。
その結果原始星のX線放射が比較的強い場合、H2Oスノーラインの内側でX線由来の光解離反応やイオン・分子反応によりH2Oガス分子組成が減少する事等が示されました。またH2Oガス分子の破壊に伴い、O及びO2ガス分子の組成が著しく増加し、X線放射の影響が小さいCOと合わせて、酸素原子のほとんどを保持する事も分かりました。私たちはこれらのモデル計算結果をもとに、原始星天体の水関連分子・有機分子輝線のALMA望遠鏡を用いた観測研究も進めています。
参考文献 (日本語 研究紹介記事)
野津翔太 (2024) “2022年度最優秀研究者賞 受賞記念論文: 原始惑星系円盤の化学進化とスノーライン – 水・有機分子の起源”, 日本惑星科学会誌「遊・星・人」, 第 33 巻, 1 号, p.4-13
野津翔太 (2022) “低質量原始星エンベロープと円盤の化学進化: H2O スノーラインと中心星 X 線放射”, 天文月報, vol. 115, No.4, p.252-262
野津翔太 (2018) “2017年度最優秀発表賞受賞論文: 高分散分光観測を用いた原始惑星系円盤のH2Oスノーラインの同定可能性”, 日本惑星科学会誌「遊・星・人」, 第 27 巻, 3 号, p.120-126