ウェブマガジン第13号 高緯度地方で観測される雲と大気循環

高緯度地方で観測される雲と大気循環

高麗 正史 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 助教)

1.成層圏で輝く雲

 北極・南極上空では、中緯度地域では見られない特殊な雲が観測されます。その一つは、極成層圏雲(Polar Stratospheric Cloud、以下PSC)と呼ばれる雲で、高度15~25kmに出現します(図1)。

図1:南極昭和基地上空に出現したPSC。写真中央のピンク~紫に見える部分。

私達が日本で見る雲の多くは、地上から最高でも高度約17kmまでの大気層である対流圏の中にあります。PSCは、その上の大気層である成層圏(高度約50kmまで)に存在します。日の出前や日没後の暗い空に様々な色で輝きます。

成層圏は乾燥しており、単位質量あたりの空気中に含まれる水蒸気の質量で言うと、対流圏の100分の1から10000分の1です。そのため、成層圏には雲はほとんどありません。

しかし、冬季、極夜となる極地方では、オゾンによる太陽放射吸収に伴う加熱が無くなるため、極めて低温(<195K)となり、雲粒が形成されます。このとき気体から新たに粒子が形成されることはほとんどなく、核となる微粒子(エアロゾル)に水蒸気や硝酸、硫酸が凝結・昇華して、PSCの雲粒が成長していきます。

2.オゾンホールとPSC

 PSCは、春季の南極域に出現するオゾンホールの形成に、重要な役割を果たすことが知られています。フロンなどの人為起源、あるいは自然起源の塩素化合物・臭素化合物は、対流圏から成層圏極地方へ輸送される間に、光化学・光解離反応を含む化学過程を通して、化学的に不活性な化学種に変換されます。それらの化学種がPSC雲粒上での不均一反応及び光化学反応を起こすことにより、オゾンを破壊する化学種が生成されます。

3.衛星により新たに得られたPSCの知見

 PSCの存在領域や頻度などの観測的知見の多くは、地上・航空機ライダー、フーリエ分光観測、及び衛星ライダーなどによるリモートセンシング技術に基づいています。近年になって、衛星ライダー観測により、南北緯度約82度までを網羅するデータが、1年を通して得られるようになりました(図2)。

図2:CALIPSO衛星で得られた532nm後方消光係数。描画にはGoogle Earth(地図データ:Google、 DigitalGlobe)を用い、CALIPSO衛星のKMZデータから取得しています。

衛星観測は、地上観測に比べて観測領域が広く、また、地上の天気に左右されずに観測が継続できる利点があります。これらの衛星観測データから、対流圏の雲とPSCが同時に出現しやすいという事例が示されました。対流圏と成層圏の2つの大気層の雲が同時に現れる現象は、2000年代初頭の南極ドームふじ基地での地上観測でも報告されていました。

しかしながら、対流圏に雲があるとき、地上からの成層圏の観測はできないため、対流圏の雲とPSCの同時出現の一般性を確かめることは困難でした。私たちは、5年分の衛星ライダー観測のデータを基に、統計的にPSCと対流圏の雲の同時出現メカニズムを調べました。

すると、PSCと同時に出現する雲は、対流圏と成層圏の境界(対流圏界面)付近に多く存在することがわかりました。そして、渦位に基づく解析により、その多くが対流圏界面付近の惑星規模の高気圧性渦位偏差に伴う事実が明らかとなりました(図3)。

図3:Kohma and Sato (2013, ACP) より。

4.おわりに

 図2に見られるように、PSCと対流圏界面付近の雲は、鉛直方向に薄い構造を持ちます。この構造の形成要因は未だによく分かっていません。この機構を理解するためには、鉛直分解能の細かい水蒸気やオゾンの量、風速などの観測データが必要となります。

私たちは2012年から南極昭和基地大型大気レーダー(PANSYレーダー)による高解像度観測を継続しており、そのデータに衛星観測、気球観測データなどを組み合わせて、対流圏・成層圏の雲に現れる微細構造の物理を調べています(図4)。

図4:南極昭和基地に設置されているPANSYレーダー。

参考文献

Manney, G. L., et al. (2011), Unprecedented Arctic ozone loss in 2011, Nature, 478(7370), 469-U65, doi:10.1038/nature10556.

Kohma, M. and K. Sato (2013), Simultaneous occurrence of polar stratospheric clouds and upper-tropospheric clouds caused by blocking anticyclones in the Southern Hemisphere, Atmos. Chem. Phys., 13, 3849-3864, doi:10.5194/acp-13-3849-2013.

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