ウェブマガジン第18号  化石と胚から形態進化の謎を解く

化石と胚から形態進化の謎を解く

平沢達矢(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授)

私の研究室では、動物、特に脊椎動物の形態がどのように進化してきたのかについて解明を進めています。脊椎動物の形態進化についての研究は19世紀後半から行われてきましたが、近年は、化石記録を証拠とする進化過程の復元と胚発生における形態形成のしくみについての分子・遺伝的基盤の理解が発展し、100年以上もの間残されてきた謎も次々と解明されてきています。同時に、古生物学や解剖学、発生学、分子生物学といった専門領域の境界をまたいだ研究も見られるようになり、新たな研究領域が生まれつつある気配が感じられます。

 1. 進化的新規形質

生物の進化では、祖先にはなかった特徴が新たに獲得されることがあります。そのような祖先生物に起源を辿れない形質は「進化的新規形質」と呼ばれ、その獲得は新しい生息環境への進出やそれまでになかった生理的機能、生態の成立に結びつくものとして重要な転換点です。脊椎動物の進化史でも、進化的新規形質が生まれ形態が劇的に変わったポイントがありました(図1)。たとえば、陸上で生活するための手足の指や、カメの甲のようにわかりやすいものもあれば、哺乳類の系統だけで獲得された横隔膜のように生物学に詳しい人以外にはあまり知られていないようなものもあります。

図1 脊椎動物の歴史(前半:三畳紀まで)。

これらの進化的新規形質は、祖先にはなかったというのがそもそもの定義ですから、どこからどうやって生まれてきたのかは簡単にはわかりません。タイムマシーンで数億年前のことを観察できたらよいのですが、それができない以上、直接調べることはできないのです。しかし、生物の形態的多様性が形成された歴史や、私たちの体ができるまでの進化の歴史を理解していくためには、進化的新規形質の起源を解明することが何としてでも必要です。

 2. 化石の精密解析

化石は、地質時代の生物の遺骸(骨や殻など)やその生活の記録(足跡や巣穴など)が地層中に保存されたものです。このうち、遺骸の化石が、形態進化の歴史の直接証拠となります。ところが、生物が死んだ後に堆積物中に埋没し、分解されずに化石として地層中に残る確率はとても低く、私たちが手にすることができる証拠は極めて断片的なものです。

そう考えると、化石記録を研究したとしても進化過程の解明につなげていくことはできないのではないかと思う方もおられるかもしれません。かのチャールズ・ダーウィンも、その当時は古生物学研究が現在ほど進んでいなかったこともあり、同じような見方をしていました。しかし、逆に私は、この断片的な証拠をつなぎ合わせて謎を解き明かしていくところに古生物学のおもしろさがあると思っています。実験を何度も繰り返せるタイプの研究分野と違って、かなり限られた材料しかない制約があることで、科学者として観察眼を試されている気がするのです。もしかすると、化石の研究は深宇宙の観測と似ているのかもしれません。深宇宙からの情報は減衰し歪められている断片的なものですが、その観測を進めることで初期宇宙の歴史について解明していくことができます。ですから私は、化石の研究は「深い過去の観測」だと考えています。

ダーウィンの時代と異なり、現代の古生物学は「観測」の技術が格段に向上しています。まず、先人達が積み上げてきた化石種の記載的研究をもとに、系統解析の手法やそのための計算能力が進歩して、化石種の系統関係について解明が進んでいます。それから、近年は、化石の形を精密にコンピューター上に取り込み、比較解析する技術も飛躍的に進歩しています。私たちの研究グループでも、シンクロトロン放射光X線を用いたマイクロCTを駆使して、骨化石の微細内部構造を三次元的に解析する研究を進めています(図2)。この技術を用いると、数µmほどの分解能で内部構造を観察することができ、骨格組織内部にある細胞が収まっていた穴などまで調べることができるのです。

図2 大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)におけるシンクロトロン放射光X線マイクロCT撮影装置。

化石を研究していくことで、形態進化の順序を解明していくことができます。わかりやすい例を出すと、ヒレから手足への進化の歴史で、その中間型の骨格形態が化石記録に残っています。カメの甲の初期進化過程についても、化石の証拠が出てきています。精密に解析できる技術が進歩したことで、進化的新規形質の起源を化石から探る試みは、今とてもエキサイティングな時代に入っていると言えるでしょう。

  3. 進化発生学

私たちの研究室のもう1つの軸は、胚発生の研究です。鳥類(ニワトリ)や爬虫類(カメ、ヤモリ、ワニ)、両生類(カエル)、魚類(ハイギョ、サメ)の体がどのように形成されるのかについて、細胞レベルの組織学的観察や遺伝子発現解析を駆使して調べています。

発生過程を比較することで、できあがった形の比較だけではわからないことを知ることができます。たとえば、カメの胴体には背中全体を覆う甲(背甲)がありますが、これができるまでに、どの発生段階までは他の脊椎動物と同じような形態パターンなのか、そして、カメ独自の形態パターンを取り始めるときにどのような細胞間相互作用や遺伝子発現制御が関与しているのかを調べていくことができるのです(図3)。さらに、進化的新規形質の獲得をもたらした分子・遺伝学的機序についてまで探っていくことも可能です。また、発生に擾乱を加えたり遺伝子操作をすることで、細胞間相互作用や遺伝子発現制御と形態の関係性について実験的な検証もできます。

図3 背甲が発生を開始した段階の胚(スッポン)。背甲の縁を矢印で示してある。

このような発生学研究と古生物学研究を同時並行で進めている研究室は、世界的にもまだ珍しいと思います。しかし、このような両分野を合わせた研究を発展させることで、進化的新規形質の起源の解明のような謎、特に長年未解明だった問題を解決していく突破口が次々に開かれていくでしょう。

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