【ウェブマガジン第17号】月面のクレータが記憶する小惑星シャワー
諸田智克 (東京大学 大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 准教授)
月では大規模な地殻活動が早い段階で終了しているため、太陽系初期から現在までの天体衝突の歴史をクレータ地形として残しています。約50年前に米国のアポロ計画や旧ソ連のルナ計画により岩石試料が採取され、月面の年代学が発展しました。さらに画像データにもとづいたクレータ統計調査と合わせることで、過去40億年間の太陽系内側における天体衝突の歴史が議論されてきました。ここでは、これまでの天体衝突史の理解とともに、我々が取り組んでいる研究とその成果について紹介させていただきます。
1. クレータ年代学と天体衝突史
固体惑星や衛星の表面では古い表面ほど、多くの天体衝突を経験しているため、多くのクレータが存在し,若い表面ではクレータは少ないと考えられます。このような簡単な考え方にもとづき,単位面積あたりのクレータ個数(クレータ数密度)から,天体表面の年代を見積もる方法をクレータ年代学と呼びます。クレータ年代学は、画像データから年代決定ができるといった簡便さのため、月だけでなく火星や金星や水星、氷衛星などの画像データが得られているすべての固体天体に広く用いられ、多くの成果をあげています。
この手法で月面の絶対年代を決めるためには,表層年代とクレータ数密度の関係を知る必要があります。幸いに,月ではアポロ計画とルナ計画で採取されており、放射年代測定にもとづいて着陸点付近の表面年代がよく知られています。それら着陸地点のクレータ数密度を計測することで、月面の絶対年代とクレータ数密度の関係が得られています(図1)。この関係をみると、35億年前より古い表面では若くなるにつれクレータ数密度が指数関数的に減少し、一方、過去30億年間の表面では表面年代とクレータ数密度がおおよそ比例関係になっていることがわかります。つまり、太陽系形成初期から35億年前にかけては衝突頻度が指数関数的に減少し、過去30億年間はおおよそ一定の衝突頻度であったことを意味しています。しかし、30億年前から現在までの年代を持つ岩石試料が少ないことから、”一定の衝突頻度”がどの程度一定であったのかはよくわかっていません。
2. 8億年前の小惑星シャワー?
2007年に打ち上げられた日本の月周回衛星「かぐや」は月全球の高解像度画像を取得しました。我々は過去30億年間の衝突頻度の時間変化を調べるため、「かぐや」の画像データを用いて、クレータ年代学によって直径20 km以上のクレータ59個の形成年代を決定しました。その結果、8個のクレータの年代が集中していることが分かりました(図2)。その中の一つであるコペルニクスクレータの形成年代はアポロ12号で持ち帰られた岩石試料の年代測定から約8億年前であると推定されています。つまり、約8億年前に一時的な天体衝突の増加、「小惑星シャワー」が起こったと考えられます。
では小惑星シャワーの原因は何でしょうか。一つの可能性として、小惑星帯にあるオイラリア族をつくった小惑星同士の衝突破壊が考えられます。オイラリア族はもともと一つの小惑星で、他の小惑星との衝突によって破壊された破片だと考えられています。その衝突破壊の年代は、オイラリア族の軌道の広がりの程度から8.3億年と推定されています。それらの衝突破片の半数はすでに木星などの巨大惑星との軌道共鳴によって小惑星帯から飛散しており、その一部は地球―月系に衝突し、小惑星シャワーを引き起こした可能性があります。また興味深いことに、このオイラリア族は小惑星探査機「はやぶさ2」が探査し、試料を持ち帰った小惑星リュウグウの母天体候補の一つです。
3. おわりに
中国の月探査機「嫦娥5号」は嵐の大洋にあるリュムケル山付近に着陸し、月土壌を採取し、2020年12月17日に地球帰還に成功しました。嫦娥5号の着陸地点はアポロやルナで採取された月試料には無かった、20〜10億年前の年代を持つと考えられる地域であるため、その正確な年代決定により、過去30億年間の衝突頻度の理解が進むと期待されます。また、日本も小型月着陸実証機SLIMをはじめとした複数の月面着陸計画の検討が進められており、将来的には月岩石試料のサンプルリターンを目指しています。それらの試料の年代測定から、小惑星シャワーの物的検証をしたいと考えています。
参考文献
G. Neukum and B.A. Ivanov, in Hazards Due to Comet and Asteroids, pp. 359, Univ. of Arizona Press (1994).
K. Terada, T. Morota, and M. Kato (2020) Nature Communications 11, 3453,