ウェブマガジン第15号 環境磁気学のすすめ

環境磁気学のすすめ

佐藤 雅彦(東京大学 大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 助教)

1.はじめに

磁気測定と聞くと,岩石や堆積物から過去の地球磁場情報を復元する,“古地磁気研究”を想像する人が多いのではと思います.磁気測定をする事で鉱物の様々な磁気的性質を知る事ができますが,古地磁気学では磁気的性質のうち“残留磁化”という性質を使って過去の磁場情報を復元しています.磁気測定から得られる試料の磁気的性質を使うことで,古地磁気学以外にも様々な地球科学的情報を得る事ができます.本稿では,磁気測定から環境変動を読み解く“環境磁気学”について簡単な紹介をいたします.

2.鉱物の磁性と環境磁気学

まず鉱物の磁気的性質に関する簡単な説明をいたします.スペースの問題で簡略化して記述を行いますが,鉱物の磁性に関する詳細な説明は,近角(1978)や小玉(1999)などを参照して下さい.

物質の磁性は,強磁性体,常磁性体,反磁性体に大別する事ができます.これらの磁性の違いは,物質に磁場を印可すると顕著に現れます(図1).常磁性体では磁場を印可するとその方向に物質が磁化し,反磁性体では磁場と逆方向に磁化します.常磁性体と反磁性体では印可する磁場をゼロにすると磁化はゼロに戻ってしまいます.一方で,強磁性体では磁場がゼロの状態でも有限の大きさの磁化を示します(残留磁化).強磁性体では,印可する磁場の強さやその履歴によって磁化の状態が様々に変化します(磁気ヒステリシス).

図1.強磁性体,常磁性体,反磁性体の磁場への応答

磁性鉱物の粒径や形状の変化に伴って,磁気ヒステリシスの形などの磁気的性質が変化します(図2).磁性鉱物をミクロに見た場合,結晶中のFeイオン等が持つスピンが規則的に配列して“磁区”を形成しています.細粒な鉱物では粒子内で磁区が一つの単磁区状態,粗粒な鉱物では粒子内で磁区が複数に分かれている多磁区状態となっています.粒径・形状の変化に伴う磁気的性質の変化は,磁区構造の変化に由来しています.結晶中のFeイオン等が持つスピンが規則的に配列して磁区を形成していると上述しましたが,組成が異なる鉱物では含まれるイオンの位置関係や量が異なるため,磁気的性質も大きく変化します(表1).

図2.磁性鉱物の粒径・形状と磁区構造
表1.磁性鉱物とその磁気的性質

岩石形成時の物理的・化学的状態や堆積物の堆積環境変化などに伴い,それら試料中に含まれる磁性鉱物の粒径,形状,組成などの状態が変化します.この関係を利用して環境磁気学の研究では,試料中に含まれる磁性鉱物の磁気的性質を環境変動の指標(プロキシ)として用いる事で,様々な環境変化を読み解く事ができます.古環境研究には様々なプロキシが用いられますが,磁気測定を用いるメリットとして,天然の岩石中・堆積物中には鉄の酸化物や硫化物などの磁性鉱物が普遍的に含まれているため,幅広い試料を対象に研究を行える点が挙げられます.

3.磁気測定で明らかになった海洋循環の急激な変化

それでは私たちが行っている環境磁気学研究について紹介いたします.今回紹介する研究では,海洋深層流により輸送される粒子量変化のプロキシとして等温残留磁化という磁気的性質の変化を用いました.堆積物試料の磁気測定を行って深層流により輸送される粒子量変化を復元し,約270万年前に起こった海洋循環の急激な変化を明らかにしました(Sato et al. 2015).

今回紹介する研究では,国際深海科学掘削計画(IODP)においてアイスランド南方沖で掘削された海洋コアを試料に用いました(図3左).この研究では,パルス状磁場を用いて堆積物試料に等温残留磁化を段階的に着磁し,堆積物中に含まれる磁性鉱物の保磁力という性質の分布曲線を測定しました.掘削地点には海洋深層流によって,アイスランド東方から輸送される粒子と掘削地点の南方から輸送される粒子が堆積しています.これらの粒子では,保磁力分布曲線の形が異なるため,堆積物試料の保磁力分布曲線を成分分解する事で,海洋深層流により輸送される粒子量変化を復元しました(図3右).

図3.海洋コアの掘削地点と保磁力分布曲線の成分分解

過去220から290万年前における堆積物試料の保磁力分布変化を図4上に示しています.同図には気候変動の指標となる底生有孔虫の酸素同位体比を示していますが(Lisiecki & Raymo 2005),氷期-間氷期サイクルに伴い保磁力分布が周期的に変化している事が分かります.このデータを解析して2つの成分の混合比を求めた結果が,図4下になります.約270万年前を境にして間氷期にアイスランド東方から輸送される粒子の割合が急激に増加した事から,アイスランド北方での北大西洋深層流の形成が急激に強化された事が明らかになりました.現在では共同研究者と共により高時間分解能の測定・解析を行い,数千年スケールでの北大西洋深層流変動の復元研究に取り組んでいます(Ohno et al. 2016).

図4.海洋コア試料における(上)保磁力分布変化と(下)アイスランド東方から輸送される粒子の割合.(中)底生有孔虫の酸素同位体比スタック.灰色のハッチは間氷期を示す.

4.おわりに

今回は磁気測定の応用として環境磁気学の紹介を行いました.繰り返しになりますが,環境磁気学では,環境変動に伴う磁性鉱物の磁気的性質変化を検出します.天然の岩石中・堆積物中には多かれ少なかれ磁性鉱物が含まれているため,様々な組成や形態の試料を対象とできる点が環境磁気学の魅力だと思います.一方で環境磁気学はまだまだ発展中の研究分野であり,今後は各種試料への適用に加えて基礎的研究も重要だと考えています.マニアックですが,斜交する交流磁場と直流磁場を用いた残留磁化(Sato et al. 2017)や保磁力分布曲線の温度変化など,新たな古環境プロキシの開発・適用にも最近では取り組んでいます.新たな環境磁気学プロキシが開発・適用される事で,これまで検出できなかった古環境変動が今後解明されていくと考えています.

参考文献 [1] 近角(1978), 強磁性体の物理, 裳華房. [2] 小玉一人(1999), 古地磁気学, 東京大学出版. [3] Sato et al. (2015), Geophysical Research Letters 42, 4949-4955.[4] Lisiecki & Raymo (2005), Paleoceanography 20, PA1003.[5] Ohno et al. (2016), Frontier in Earth Science 4, 55.[6] Sato et al. (2017), Geochemistry, Geophysics, Geosystems 18, 1043-1052.

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