地球惑星科学専攻修了の作家・伊与原新さんの直木賞受賞に寄せて

本研究科地球惑星科学専攻の卒業生である作家・伊与原新さんが第172回直木三十五賞を受賞されました。伊与原さんは地球惑星科学専攻で博士号を取得された後、富山大学理学部で助教を務めておられる中で、作家としてデビューされました。受賞作『藍を継ぐ海』では、ウミガメ、萩焼の土、ニホンオオカミ、原爆、隕石を題材とした五篇の短編の中で、人々の思いや繋がりが描かれます。他の著作でも、穏やかな筆致で人々の物語が紡がれていきます。それらの物語には、科学が自然な形で織り込まれ、理学が対象とする多様な時空間スケールの自然現象が物語の背景にあったり、物語に寄り添ったりしながら、私たち人間の営みと調和しています。科学に関わる人々も描かれますが、本研究科の皆さんには、それらの登場人物が自分自身のことのように思われるかもしれません。また、科学が人間を自然の中に位置付け、その心を豊かにするための営みであることも実感されることと思います。
研究者としての伊与原さんは、世界各地に太古の岩石を求め、岩石に記録された地球磁場を読み出し、地球磁場強度を地球史にわたって復元する研究に取り組まれていました。2024年10月のホームカミングデイでトークイベントにお招きした際にご紹介くださった当時の写真には、フィールド調査に出かけ、自然と対峙する若き日の伊与原さんの姿が何枚もありました。自然と向き合う時間の中で、対象を冷静に客観視する科学者の視点をもちながら、人間を暖かく描かれる作家の眼差しを培っていかれたのかと想像しています。
今後も科学と関わった作品を書かれていくとおっしゃる伊与原さんの益々のご活躍を祈念し、また、ファンの一人として、次の作品に出会う日を楽しみしております。おめでとうございます!
日本文学振興会 第172回直木三十五賞:https://bungakushinko.or.jp/award/naoki/index.html
(文責:宇宙惑星科学機構/地球惑星科学専攻 教授 橘 省吾)