動物の学名における「ギリシア語志向」を解明 ―命名慣習に潜む歴史的支配と文化的バイアスの定量化―

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プレスリリース
吉村 太郎 博士(総合研究博物館/研究当時:地球惑星科学専攻 博士課程)

発表のポイント

  • 軟体動物全 773 科の科名を調査し、約 72%がラテン語ではなく古典ギリシア語に由来することを明らかにしました。
  • 19 世紀後半に古典ギリシア語由来の学名が急増し、「分類学的ギリシア主義(Taxonomic Graecism)」とも呼べる支配的状態に達したことを発見しました。
  • 学名が単なる中立的な符号ではなく、欧州中心主義、古典教育、さらには「自国民を優先して称える」といった社会的なネットワークに深く影響されている実態を浮き彫りにしました。
軟体動物の科名における命名法調査:観察した標本の一部(左)と系統関係整理の様子(右)
軟体動物の科名における命名法調査:観察した標本の一部(左)と系統関係整理の様子(右)

概要

東京大学総合研究博物館の吉村太郎 博士(研究当時:東京大学大学院理学系研究科 博士課程)は、軟体動物の科名を対象とした網羅的な語源分析を通じて、命名慣習における「分類学的ギリシア主義(Taxonomic Graecism)」という概念を提唱しました。

本研究では、学名の語源と著者データを統合的に解析することで、本来「科学の中立的な公用語」とされるはずの学名が、西欧における古典教育や学術的権威付けの影響を強く受けていることを世界で初めて定量的に示しました。分析の結果、ラテン語(26.1%)に対して古典ギリシア語(71.8%)が圧倒的に優位であり、この傾向は19世紀後半に急増した後、言語的極相(linguistic climax:(注1))として定着したことが示されました。この嗜好は著者の出自と統計的に関連しており、英国やドイツの研究者は、フランス、イタリア、あるいは米国の研究者に比べて古典ギリシア語の語根を採用する傾向が有意に高いことが明らかになりました。さらに、命名慣行には特有の社会学的バイアスも見られ、自国の研究者らを優先して称える同質嗜好性(注2)が強いことが判明しました。これらの知見は、分類学が純粋に客観的な行為であるという認識に疑問を投げかけるものであり、歴史的なヨーロッパ中心主義、古典教育、そして男性中心の閉塞的な学術ネットワークがいかに生物多様性を記述する言葉の世界を形作ってきたかを浮き彫りにしています。

図1:学名におけるギリシア語利用の具体例と文化的背景
図1:学名におけるギリシア語利用の具体例と文化的背景

A.Tomichia 属 (Benson, 1851) の原記載からの抜粋。属名は、殻頂が「切断されたような(τομικός)」形状をしていることに由来する。本来、二重字「ch」は慣例的にギリシア文字のカイ(χ)を表すために用いられる。しかし、本属の語源にはカッパ(κ)が含まれるため、通常のラテン語化の手順に従えば「c」または「k」と綴るのが一般的である。したがって、ここでの「h」の挿入には、擬似的なギリシア語化の意図が窺える。B.ギリシア神話の海神トリトン(Τρίτων)に因んで命名されたTriton 属 (Montfort, 1810)。C.ギリシア神話に登場する王女セメレー(Σεμέλη)に因んで命名されたSemele 属 (Schumacher, 1817)。D. Argonauta 属 (Linnaeus, 1758)が描かれた古代ギリシアの水瓶(Poros Ewer)。E. Pinna 属 (Linnaeus, 1758)があしらわれた古代ギリシアの硬貨。 


詳細については、以下をご参照ください。

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