火星コア中で液体金属が分離する 〜火星磁場の消失と海の蒸発の原因解明へ〜

プレスリリース
横尾 舜平(地球惑星科学専攻 博士課程1年)
廣瀬 敬(地球惑星科学専攻 教授 )

発表のポイント

  • 本研究グループが世界をリードする超高圧高温発生技術と、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を用いた実験の組み合わせにより、世界で初めて、火星や地球コアに相当する高圧高温の条件下で、硫黄と水素を含んだ鉄合金の融解実験に成功しました。実験試料の詳細な観察の結果、火星コア中で鉄-硫黄-水素合金は、硫黄に富む液体と水素に富む液体の2つに(水と油のように)分離することが明らかになりました。
  • 今回の結果から、冷却に伴って火星コア中で液体同士の分離が起こり、これがコアの対流の駆動とその後の抑制を引き起こしたことにより、およそ40億年前まで存在した火星磁場の発生と消失につながったと示唆されます。磁場の消失は、火星大気中の水素の宇宙空間への散逸、さらには火星の海の蒸発をもたらしたと考えられています。
  • このような火星磁場と海の消失のシナリオは、現在進行中のNASAの火星探査機インサイトの観測結果などからその妥当性がさらに検証されると期待されます。

概要

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程学生の横尾舜平と廣瀬敬教授を中心とした研究グループは、大型放射光施設SPring-8(注1)を利用して、火星のコア(注2)を構成している可能性が高い、鉄-硫黄-水素合金の高圧高温下での液体の存在状態を明らかにしました。

従来、火星のコアは硫黄を多く含む液体鉄で構成されていると考えられてきました。しかし、最近報告されたNASAの火星内部探査機インサイト(注3)による内部構造探査の結果によると、火星コアは今までに予測されていたよりも密度が小さく、硫黄に加えて多くの水素も含まれている可能性があります。しかし、液体の鉄-硫黄-水素合金の高圧下での振る舞いについてはこれまで調べられてきませんでした。

本研究では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(LH-DAC)(注4)を用いた超高圧高温実験に、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUにおけるX線回折と、集束イオンビーム(注5)を用いた回収試料の断面観察を組み合わせることにより、鉄-硫黄-水素合金が超高圧高温下で液体であった時にどのような状態で存在していたかを観察しました。その結果、火星コアが十分に高温であれば、液体鉄-硫黄-水素合金は単一の均質な液体として存在するのに対し、より低温下では硫黄に富む液体と水素に富む液体の二相に分離することが分かりました

今回得られた液体鉄-硫黄-水素合金が二相に分離する条件は現在の火星コアの圧力温度条件と重なります。火星は約40億年前までは磁場が存在していましたが、その後失われたことが分かっており、その原因は大きな謎となっていました。また磁場の消失は、火星大気中の水素の宇宙への散逸と海の蒸発につながったと考えられています。本研究の結果から、火星コアが冷却に伴って二相に分離したことが、初期の火星においては惑星磁場の生成に必要なコアの対流を駆動して磁場を生み出し、さらには二相分離が進んで、その後の対流の抑制と磁場の消滅につながった可能性が高いことが明らかになりました。今後、NASAの火星内部探査機インサイトによる観測によって火星コアの状態がより詳細に解明されれば、このような火星磁場形成と消滅のシナリオの妥当性が検証され、火星の歴史の解明が大きく進むと期待されます。

火星コア中で液体金属が分離する 〜火星磁場の消失と海の蒸発の原因解明へ〜
図1:液体が分離していた試料(左)と分離していなかった試料(右)の断面の元素マッピング。

用語解説

注1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

注2 火星のコア
地球や火星の中心部には主に鉄から成るコアと呼ばれる領域があります。最近の研究から火星には半径約1830 kmの液体のコアが存在することが分かりました。火星コアは硫黄を多く含むと考えられていますが、詳細な化学組成は明らかになっていません。

注3 火星内部探査機インサイト
アメリカ航空宇宙局(NASA)が開発した火星深部探査を目的とした探査機で、名前のInSightはInterior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy, and Heat Transportに由来します。地震計や熱流量計を搭載しており、すでに火星の地震観測を通じてコアを検出することに成功しています。

注4 レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(LH-DAC)
ダイヤモンドアンビルセルは、圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)としてダイヤモンドを用いた手のひらサイズの小型の超高圧発生装置です。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高い圧力を発生させます。その状態でダイヤモンドを通してレーザーを照射することにより、試料を高圧高温の状態にすることができます。

注5 集束イオンビーム
集束イオンビームは、非常に細く集束したイオンビームを用いて試料表面の微小な加工をしたり、発生する二次電子を検出して顕微鏡像を観察したりできる装置です。集束イオンビームを用いることで、ダイヤモンドアンビルセルによる実験で得られる数十マイクロメートルの微小な試料の断面を切り出すことができます。

詳細については、以下をご参照ください。

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