ウェブマガジン第16号 表情を読み取る。岩石もいろんな面を持っている。

表情を読み取るー岩石もいろんな面を持っているー

永冶 方敬 (東京大学 大学院理学研究科 地球惑星科学専攻 助教)

1. 岩石の組織と構造

野外調査をしていると様々な構造を目にします。色の異なる地層や地層中に球状・楕円状の岩石を見つけるかもしれません。私たちはこのような地層・岩石やその中の鉱物などを観察し、大きさや形、配列など構成要素の特徴を抽出し、比較することでその境界を認識できます。そしてそれらの特徴が一様な領域を”組織”として記載することで異なる地域・場所で観察される地層や岩石を分類し、関連づけることができます。

岩石や岩体が持つ物理的・化学的な特徴は、鉱物組織や結晶構造などのより小さなスケールでの構成要素がつくる構造によって、大きく影響を受ける場合があります。これらの微細な構造が岩石内で発達することで、方向によって岩石の性質が変化することがあります: 例えば、屈折・電気や熱の伝導・摩擦・透水性・弾性・化学反応速度など。これを異方性と呼びます。地表・地球内部の異方性構造の発達程度や過程を正確に評価することは重要な課題となっています。

図1. 野外で見られる主にアンチゴライトで構成される蛇紋岩体の露頭写真の一例。沈み込み帯浅部の上部マントルに水が供給されるとアンチゴライトなど含水鉱物である蛇紋石を多く含む岩石が形成される。高知県白髪山ではブロック状の岩石も伴って強く剪断された蛇紋岩が見られる。(筆者撮影)

2. 岩石の組織・構造の定量化とEBSD

まずは、一例としてEBSDを用いてどのように岩石の異方性構造を定量的に評価しているかについてご説明させてください。岩石中の空隙や非晶質物質の空間的配置や、鉱物がどの方向に向いているかなどを測定し、それらの分布を統計的に処理することで岩石の異方性構造を定量的に評価することができます。鉱物(結晶)の方向は、偏光顕微鏡を用いて観察することもできます。しかし、偏光顕微鏡下での観察・測定は時間と労力を必要とします。そのため、近年は走査電子顕微鏡(SEM)などを使い岩石試料表面に照射された電子線のうち非弾性散乱した反射電子が示す回折パターンを蛍光板で捉えることで照射した鉱物の結晶方位を測定する方法が活発に取り入れられています。この方法を電子線後方散乱回折(Electron backscatter diffraction, EBSD)法と呼びます。

EBSD法確立の基礎となった回折パターンの発見者にちなんで(Nishikawa & Kikuchi, 1928)、取得される回折パターンは菊池パターンと呼ばれます。EBSD法では、鉱物試料表面の電子の波長と結晶面間隔に関係した光路差がブラッグの条件を満たした際の干渉現象によってつくられる、線状の菊池線(線の幅が広い場合は菊池バンド)を利用します。この検出された菊池パターンの画像データのHough変換から菊池バンドの幅・角度などの特徴量を抽出し、これと鉱物の既存の結晶データベースから理論的に予想される菊池パターンとの比較によって、最適な鉱物とその結晶方位を測定することができます(図2)。

図2. EBSD法から岩石中の鉱物相の同定と結晶方位測定を行う際の分析フロー。Nagaya et al. (2017)の図を改変。

3. 沈み込み帯岩石の構造評価: 上部マントルの含水化でできる蛇紋岩は異方性が強い

強く配列したアンチゴライトの一例
図3. 強く配列したアンチゴライトの一例。EBSD法による連続的な結晶方位測定によって岩石の微細組織の
可視化と定量的な構造データを取得することができる。Nagaya et al. (2017)の図を改変。

沈み込み帯では地球表層から内部へ持ち込まれた水や様々な元素は、上部マントルとの化学反応を伴いながら、複雑な物理的変化をもたらすことが予想されます。沈み込んだ海洋プレートからの水流体が上方の上部マントルに供給されることで含水します。このとき、スラブ上方の上部マントルは、その形状がくさび形になることからウェッジマントルと呼ばれます。含水化したウェッジマントルでは、カンラン石が加水反応することでアンチゴライト(antigorite)と呼ばれる高温型の蛇紋石鉱物を多く含む蛇紋岩が形成されます。これらのアンチゴライトを含む沈み込み境界で形成される脆弱な含水鉱物層は沈み込み境界の強度推定において重要な存在となるはずです。また含水していないカンラン石からなる上部マントルに比べ、これらの含水ウェッジマントルでは、含水鉱物が配列することで、かなり強い異方性を発達させることが予想されます。そのため沈み込み帯の構造評価をする上で、アンチゴライトを含む含水層状鉱物の配列情報は不可欠でしたが、アンチゴライトのEBSD測定が成功されたのを皮切りに(Katayama et al., 2009)、世界中で活発な測定・報告がされています(図4)。私たちもこれら沈み込み境界の含水層状鉱物の結晶方位測定を進めています(Nagaya et al., 2014, 2017) (図3)。最近の成果として、滑石のEBSD測定に初めて成功しました(Nagaya et al., 2020)。滑石は沈み込んでいく海洋プレートとウェッジマントルとの境界で水流体がSiO2に富む場合に多く形成することが予想されます(図4)。

異方性の発達
図4. 異方性の発達: 透水異方性の例(左図)と滑石を多く含む境界岩のEBSDマップ(右図)。

4. 今後の展望

現在の地球内部の異方性構造の推定には地震波異方性観測が有効です。これらの原因を明らかにすることで、沈み込み帯の物質・構造の理解は大きく前進すると考えられます。S波は異方性媒体(岩石)を伝搬する際に、互いに垂直な振動方向を持ち、伝搬速度の異なる2つのS波に分かれます(S波スプリッティングと呼ぶ)。S波スプリッティング現象を利用した観測・解析の中でも、地表に速く伝搬したS波と遅く伝搬したS波の到達時間差(delay time)は、地球内部(つまりS波の伝搬経路)での異方性構造の発達程度を知る上で重要な観測値であり、地域によってdelay timeの観測値は異なります(Long & Wirth, 2013)(図5)。

図5. 世界の沈み込み帯でのウェッジマントルの異方性によるS波スプリッティングの観測結果。
矢印はfast direction、値はdelay time (秒)を示す。

特に、ウェッジマントル内で大きなdelay timeが生じており、強い異方性構造の存在が示唆される地域では、蛇紋岩領域とそこでの配列したアンチゴライトなどの異方性鉱物の存在が強い地震波異方性を生じさせる原因として有力視されています(Katayama et al., 2009; Nagaya et al., 2016)。そのため、異方性観測から蛇紋岩の分布領域を検出・認識できるのではないかと期待されています。しかし、天然の岩石試料が示す岩石構造を必ずしもそのまま現在の観測結果と比較することはできません。野外調査や岩石学的な手法を用いて、天然試料がかつてどのような場所でどのような状態であったのかを知ることで、それらの岩石組織が形成した条件を推定することができます。このような分析に基づいて、現在の沈み込み帯と比較可能な適切な岩石試料を選択することができます。これらを踏まえ、私は比較可能な試料から岩石中の鉱物の方位分布モデルを構築し、鉱物の弾性定数データか岩石全体の地震波に対する挙動を計算することで、地震波異方性の観測結果に最も合致する岩石の分布・構造モデルの構築を目指しています(Nagaya et al., 2016) (図6)。

地震波異方性観測を使用した岩石構造モデリングの計算フロー
図6. 地震波異方性観測を使用した岩石構造モデリングの計算フロー。(左から順に)岩石の結晶方位配列情報を元に作成された岩石構造モデルと全岩弾性特性。全岩弾性特性から計算される3D地震波異方性特性。地震波異方性観測結果に適合する岩石分布モデルを実際の地震波伝搬経路から調べる。推定された岩石分布・構造モデルの形成過程や他研究分野との整合性を検証。Nagaya et al. (2016)の図を改変。

このほか、岩石の異方性構造を発達させるプロセスとして、これまで岩石の塑性流動中に生じる鉱物の配列が主に議論されてきました。しかし、最近の研究ではこれら変形過程での鉱物の配列に加えて、鉱物が形成・成長時に配列するトポタキシー成長(図7)やエピタキシャル成長といった、変形を伴わずとも鉱物が配列する新たなメカニズムも提案されています(Boudier et al., 2010; Nagaya et al., 2014)。

図7. アンチゴライトのトポタキシー成長時におけるカンラン石の結晶軸との関係の例

また岩石は一般に物性の異なる複数種類の鉱物が集合して構成される、多相で多結晶な物質であり、上部マントルに限らず岩石の強度を推定するには、これら多相系であることを考慮した多結晶体の変形を理解する必要があります。これまで多くの蓄積がある単一鉱物相の多結晶体の変形から予想される岩石の変形メカニズムとその条件を見直し、かつて地球内部で被った変形組織を保存する天然岩石試料を”多結晶・多相材料の変形実験試料”をして扱うことで、地球内部での岩石強度を正確に推定できるはずです。

図8. 大陸地殻を構成する花崗岩中で発達した剪断帯のEBSD(結晶方位)測定結果。両端の低歪領域から中心の高歪領域に向かって、動的再結晶による細粒化と鉱物の伸長・配列が生じる。このような剪断帯の形成がどのような条件で生じるのかを知ることで大陸地殻の強度推定につながると考えている。

岩石組織とその成因を議論する際、これら多相系岩石の変形理論の構築や、変形以外の鉱物の配列メカニズムの検討も必要になると考えています。まだまだ問題は山積していますが、私は解決できる問題から一つ一つ明らかにしていくことが大切であり、岩石の分布・構造モデルを世界中の沈み込み帯に広げていくことで、天然岩石組織と地震波異方性観測の双方を説明可能な統一的な岩石構造モデルの確立につながっていくと考えています。

5. まとめ

岩石組織・構造学的な観察は、熱力学に基づいた変成反応を扱う「岩石学」や、変形を含む岩石構造の変化を扱う「構造地質学」、そしてそれに伴う岩石・鉱物を含む材料・物質の物性変化を扱う「材料物性」の土台であるだけでなく、これら組織・構造を定量的に表現することは分野間の橋渡しとなり横断型研究の実現に重要と考えています。岩石構造研究は、今後さらに「地震学」や「年代学」などを含む様々な関連分野とこれまで以上に活発に結びつくことで、地球規模での岩石構造や含水鉱物の分布推定とそれらトレースが、新たな地殻・マントル像を描くかもしれません。同時に、現在進行形で展開されている沈み込み境界での岩石組織・構造を巻き込んだ様々な横断研究の進展を大変楽しみにしています。

6. 最後に

一般に“組織”というと、会社や学校のような”organization”を思い浮かべるかもしれませんが、私たちにとっては組織とは”fabric”であり、織物・編物の布・生地で見られる柄・模様のように構成要素の特徴が等しく一様な領域のことを意味します。言葉遊びですが、”生地”には手を加えない自然のままの性質・状態という意味もあります。私はまさに野外で生地を採取し、“天然の岩石”を観察することで、組織や複数の要素が組み合わせて形づくられる構造(※)が岩石や地層・岩体全体にもたらす物理的・化学的特性とそれの意味することを考えることを大切にし、岩石・鉱物の表情を汲み取ることで彼ら/彼女らの状況や経験してきたこと、メッセージを逃さないようにしたいと考えています。

※    組織自体が構造をつくる要素になることもあります。また組織(texture)と構造(structure)は明確に区別していない場合もあり、学問分野や研究者、時代、空間スケールの違いなど状況によっては異なる意味で用いられることもあるため、注意が必要です。

7. 参考文献

Nishikawa, S. & Kikuchi, S. 1928. Diffraction of cathode rays by mica. Nature 121, 1019–1020.

Nagaya, T. et al. 2017. Minimizing and quantifying mis-indexing in electron backscatter diffraction (EBSD) determinations of antigorite crystal directions. Journal of Structural Geology 95:127–141.

Katayama, I. et al. 2009. Trench-parallel anisotropy produced by serpentine deformation in the hydrated mantle wedge. Nature 461, 1114–1118.

Nagaya, T. et al. 2014. Dehydration breakdown of antigorite and the formation of B-type olivine CPO. Earth and Planetary Science Letters 387, 67–76.

Nagaya, T et al. 2020 Talc CPO determined by improved EBSD procedure for sheet silicates: Implications for anisotropy at the slab-mantle interface due to Si-metasomatism. American Mineralogist 105, 873–893.

Katayama, I. et al. 2012. Episodic tremor and slow slip potentially linked to permeability contrasts at the Moho. Nature Geoscience 5, 731–734.

Long, M. D. & Wirth, E. A. 2013. Mantle flow in subduction systems: The mantle wedge flow field and implications for wedge processes, Journal of Geophysical Research: Solid Earth 118, 583–606.

Nagaya, T. et al. 2016. Seismic evidence for flow in the hydrated mantle wedge of the Ryukyu subduction zone. Scientific Reports 6:29981.

Boudier, F. et al. 2010. Serpentine mineral replacements of natural olivine and their seismic implications: oceanic lizardite versus subduction-related antigorite. Journal of Petrology 51, 495–512.

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