ウェブマガジン第4号 地球科学と生物学の狭間で— 現生動物の解剖学を基にした古脊椎動物学ヘのアプローチ —

地球科学と生物学の狭間で

— 現生動物の解剖学を基にした古脊椎動物学ヘのアプローチ —

對比地 孝亘 講師(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)

 皆さんは古生物学と聞くとどのような研究をイメージしますか?野外でのハンマーとタガネを使っての化石採集や採集した化石の研究室でのクリーニングなどでしょうか。もちろんこれらは古生物学を行う上で重要な作業であることは、今も昔も変わりありません。しかし現在古生物学の研究は多岐にわたり、例えば理論的な形態学やバイオメカニクスなど、コンピューターベースの研究が盛んに行われています。もう一つ、とくに古脊椎動物学(背骨をもつ化石の動物を研究する分野)の分野において近年盛んになってきているのが、現生動物の解剖学的情報を積極的に活用して、化石種の生物学的側面にアプローチする研究です。ここではそのような研究手法について紹介したいと思います。

1.なぜ現生生物を研究することが必要なのか?

 現生生物を研究するのは分野としてはもちろん生物学になります。それでは地球科学の分野である古生物学において、現生生物を研究する必要があるのはなぜでしょうか?それは古生物学の最も重要な研究対象が、生物の進化であるからです。化石記録は、実際の生命進化のパターンを示す唯一の証拠であり、古生物学はそのような何億年にもわたる時間軸をもつ生物進化のデータを扱えるという強みを持ちます。その一方で、化石に残るのは元々の生物の持つ情報のごく一部であるという問題もあります。たとえば脊椎動物では、中国の遼寧省から産出する羽毛を保存した恐竜化石などの例外はありますが、通常化石に残るのは骨や歯などの鉱物化した硬組織だけです。筋肉、中枢神経、内蔵などはまとめて軟組織と呼ばれ、動物の死後短期間で腐敗し、特殊な環境を除いて化石には残りません。つまり絶滅した生物についてのこれら軟組織の情報は、化石だけを見ていただけでは得られないのです。しかし、化石種に近縁な種が現在まで生き残っていれば、それらを研究することにより、化石種においてもその軟組織についての推測ができます。このために、化石を研究している古生物学者も現生の生物を見る必要があるのです。また、当たり前のことですが、現在生きている生物は、過去に生きていた生物の子孫です。化石を基に生物の系統の進化を追っていけば、その系統が完全に絶滅していなければ現生の生物に行きつきます。生物の進化を考えるについては、現生種と化石種という区別なく包括的な見方をする必要があるのです。

2.軟組織の重要性

 それでは上で述べたような軟組織の情報は、なぜ古生物学の研究を行う上で重要なのでしょうか?一つの理由を図1に示します。これは古脊椎動物学の例ですが、まず実際に観察可能なデータは化石に残る骨の形です。研究者はこのデータを基にいろいろな生物学的な推論をすることになりますが、その上に示した逆三角形は推測の積み重ねの順序を示しており、上にある高次の推測はその下にあるより低次の推測に基づいて行われるという関係を示しています。具体的には、筋肉などの軟組織は(以下に述べるような方法で)化石の骨に残された付着部位の形態などを基に復元されます。次に、例えば復元された筋肉形態や量は、骨格の動きなどの機能形態学的な推定の元になります。最終的に最も高次の、生物間の相互作用など生態系レベルの研究がなされるまでには数段階の推定のステップを踏んだあということになります。もちろん、いつもこのようにステップを踏んで研究が行われるわけではありませんが、ここで重要なのは低次の推測がより高次の推測の基礎となるということです。骨の形態からまず直接できる推測が軟組織の復元ですので、ここで誤りがあるとそれにつながるより高次の推測すべてでそれが増幅されさらに誤った結果が導き出されてしまいます。このことから、その後の推測を正しく行うためには、軟組織の復元を正確に行うことが重要であることがわかります。

図1.古脊椎動物における推論の積み重ね。Witmer (1995)より改変。

3. 軟組織の復元法

 近年生物の系統関係を推定するにあたっては分岐分析の手法がスタンダードになっています。分岐分析の結果得られた生物の祖先共有関係(どの生物とどの生物が直近の祖先を共有していて最も類縁関係が近いか)は分岐図とよばれる枝分かれパターンを示す図によって表されますが、この分岐図を基にして化石に保存されない軟組織を復元する方法が今盛んに使われています。この方法はもともとWitmer (1995)により提唱された方法で、Extant Phylogenetic Bracketing approachと呼ばれます。この方法は化石種の骨において、突起、粗面、孔などの特徴(osteological correlate, OC)があるときに、それがどのような軟組織と関わっているのかを推定する方法です(図2)。特徴としては、ターゲットになる化石種に類縁関係の最も近い現生種2つ(あるいはそれ以上)を用いる点が挙げられます。これらの現生種両方において化石種と同じOCが骨にあり、それがある軟組織と関連している場合(筋肉や靭帯の付着部位や、神経や血管の通り道など)、軟組織とOCの関連性はこれら現生種の直近の共通祖先(most recent common ancestor)に存在しており、これがそれぞれの現生種に受け継がれたということが再節約原理(もっとも単純な仮説が支持されるという考え方)を用いることにより推定できます。現生種によって挟まれる化石種(bracketingは‘括弧に入れる’という意味)も、この共通祖先を共有するので、OCがあればそれに関連していた軟組織も存在していたという推論ができます。それまでの化石種の軟組織の復元法は、研究者の主観でモデルとなる現生種を一つ決め、その形態をそのまま化石に応用してしまうことがほとんどでした。このようなモデルの選択における恣意性を排除し、系統学的な情報を基にして科学的に妥当な軟組織の復元を行うというのが、このExtant Phylogenetic Bracketing approachの目的です。もちろん進化により形態は変化するので、現生種両方に同じOCが存在しているとは限らないし、同じ軟組織があるとも限らないため、いつもこの方法で再節約的に復元ができるとはかぎりません。しかしこのような問題が生じた場合、化石記録を追い、OCが系統上どこで出現するかを調べることにより、関連する軟組織がいつ進化したかという推測をすることができます。つまり、逆にこの方法がそのまま当てはまらない場合の方が、形態進化を考える上で興味深いパターンが浮かび上がってくる可能性があるのです。

図2.化石種における軟組織復元のためのExtant Phylogenetic Bracketing approachの手法。

4.学際分野としての古生物学

 以上の例から、古生物学が地球科学(もっと狭く言うと地質学)と生物学の境界に位置する分野であるということが明らかだと思います。地球科学の他の分野でも物理学や化学的な手法を使うのが当たり前になっているように、古生物学においても分野の枠にとらわれないデータや手法を用いることが、生物進化のより詳細な理解に貢献しているのです。

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