東京大学大学院
理学系研究科
地球惑星科学専攻

ウェブマガジン第8号

気候プロセスハンターの視線

 

升本 順夫 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授)

 

 私たちが住む地球の気候は、同じ顔を見せません。私たちが身近に感じる時間規模でも時々刻々変わって行きます。季節の移ろい、年による寒暖の違い、異常気象の発生頻度の推移、数十年規模での変動など... このような気候はどのように成り立っていて、どのように変動しているのでしょうか? これは分っているようで、実はあまり分っていない問題の1つです。その理由として、非常に幅の広い時空間規模を持った大気や海洋の現象が複雑に絡み合って気候を形成していることが挙げられます。その1つ1つの現象(気候プロセスとここでは呼びます)のメカニズムを理解し、さらにそれらが互いにどのように影響を及ぼし合っているかを理解して初めて、気候のシステムが理解できるのだと言えるでしょう。いわば、気候プロセスと言う紐が複雑に絡み合ってできている気候システムという固まりから、1本ずつ紐を解きほぐすようなイメージでしょうか。困ったことに、この1本1本の紐は、さらに細い繊維が絡み合ってできている、すなわち、より時空間規模の小さな現象が重要な役割を果たしている場合が多いのです。では、気候システムを理解することは絶望的なのでしょうか。幸い大気海洋の中には、現れやすい確固とした現象が存在しており、複雑ながらもそのメカニズムは明確に定義され、その予測も可能になっています。気候変動を理解する研究は、このような気候プロセスに狙いを定めて1つ1つ捕らえて行く、ハンターのようだと言えるかもしれません。ここでは、そのような気候プロセスを理解することの例を簡単に紹介し、気候プロセスハンターの視線を感じて頂こうと思います。

 

1.インド洋ダイポールモード現象

 数年の時間規模で起こる気候変動の代表的な現象に、太平洋の熱帯域で発生するエルニーニョがあります。このエルニーニョと同様に、海洋と大気が互いに影響を及ぼしあって発展する現象がインド洋の熱帯域にも存在しており、インド洋ダイポールモード現象(IOD)と呼ばれています(図1)。IODが発生すると、アフリカに近い西部インド洋で海面水温が通常よりも高くなり、逆にインドネシア寄りの東部では低くなります。変動の極を東西に2つ持ち、それらがシーソーのように変動することから、双極(ダイポール)モードと呼ばれているのです。この海面水温の東西コントラストが大気の循環を変え、赤道に沿って東風を強める傾向が作られます。この東風がさらに海面水温のコントラストを強めるように働くため、大気海洋にできた通常からのズレの状況が強化されて行きます。このような大気と海洋の間の正のフィードバック機構がIODの発展に重要であることは、ここ十年ほどの研究によって明らかにされています。

 では、大気海洋が互いに結びついたIODが発生する、あるいは終息するきっかけには何が考えられるでしょうか。大気海洋系の中で自己成長する現象なので、発生には何らかのきっかけを相応の強さで与えれば良いはずです。一方、終息のためには、自己成長する過程のつながりを断ち切ってしまえば良いと考えられます。このようなプロセスには幾つか考えられることが示されていますが、以下ではそれらの中から一つずつ、気候プロセスを紹介しましょう。

 

図1:典型的なインド洋ダイポールモード現象に伴う海面水温偏差と風偏差の分布

 

 

 

2.IODの発生と季節内変動

 IODは、インドネシアのスマトラ島沖の海域で海面水温が通常よりも低くなることから始まる場合が多いことが知られています。スマトラ島沖では、7,8月頃に強化される南東貿易風(南東モンスーン)により沿岸湧昇が活発になるため、毎年この時期に海面水温は下がります。何らかの原因でこの南東貿易風が通常よりも強くなると、湧昇が強化されて海面水温が例年よりも下がり、IODを励起させる可能性があります。2006年にもIODが発生し、インドネシアの南西海域で海面水温が通常よりも数度も下がりました(図2)。しかし2006年のIODの場合、局所的な風の強化は顕著ではなかったのです。

 海洋や大気は、ある場所の情報を波動として効率的に伝播させる媒質でもあります。インド洋の熱帯域も例外ではありません。特に赤道域では赤道を挟んでコリオリパラメータの符号が変わる特殊な環境であり、赤道に沿って東進する赤道ケルビン波と呼ばれる波動が存在しています。この波動は赤道上の東西風によって励起され、西風の場合には海洋内部の水温が暖かくなる傾向を持ち、東風の場合には逆に水温が低下する傾向の波動が励起されます。インド洋の東端、スマトラ島沿岸に到達した後は岸に沿って南北へと分かれて伝播して行くようになり、沿岸ケルビン波と呼ばれます。この赤道ケルビン波を励起する東西風は様々な時間規模の変動を含んでおり、インド洋では季節内変動と呼ばれる数十日程度で変動する擾乱が重要な成分の一つとなっています。

 さて、2006年のIODの発生。この年の5月から8月にかけて、スマトラ島沿岸域から遠く離れた中部インド洋赤道域において、大気の季節内変動に伴う東風偏差が複数回発生していました。これに伴って励起された赤道ケルビン波は、1〜2週間後にはスマトラ島沿岸を南東へと伝播し、海洋内部の、特に深さ150m付近の水温を低下させるのです。しかしこの波動の通過だけでは海面水温の変動に反映されません。8月半ばに季節的な湧昇が強くなって来た時、赤道域から海洋上層の水温を下げる傾向のケルビン波が押し寄せて来ると、150m深付近の水温偏差が効果的に上方へ運ばれ、海面へと現れるのです。季節内変動と季節変動が相乗的に影響し合うことで経年的な気候変動モードを励起する、まさに気候プロセスにおけるスケール間相互作用の一面を捕らえていると言えるでしょう。

図2:2006年8月から11月の期間で平均した海面水温偏差の分布(青から赤の0.2℃毎の階調で表示)。また、本文での説明に関連するプロセス(青矢印のケルビン波、オレンジ色矢印の季節的なモンスーンの風、緑丸印の中規模渦擾乱、黄色矢印の渦擾乱に伴う熱輸送)を模式的に重ねて表示している。(海面水温偏差の分布図は、Horii et al., 2009の図1を修正)

 

3.IODと不安定渦擾乱の相互作用

 インドネシアのジャワ島とオーストラリアに挟まれた海域には、太平洋からインドネシア多島海を通過して暖かい海水が流れ込み(インドネシア通過流と呼ばれています)、南赤道海流となってさらに西へと続いています。IODが発達すると、スマトラ島やジャワ島沿岸の湧昇域から西方の広い範囲で海面水温の負偏差域が広がるため、南側にある南赤道海流域との間の南北水温勾配を強めることになります。図2の海面水温偏差の分布では、インドネシアの南西に広がる濃い青色の海域がIODの東の極に対応しますが、南北水温勾配はその南側で強化されているのです。このような海域では、平均的な場から擾乱場へとエネルギーが輸送される傾圧不安定現象が起こりやすく、海洋の中規模渦擾乱が多く発生します。この渦擾乱によって海洋内で南北方向の水平熱フラックスが発生しますが、これはその場の南北温度勾配を弱めるように働きます。すなわち、IODの発展に伴って冷水域が発達したことで不安定擾乱ができ易くなり、それが元々の冷水域を弱めるように熱を運んでしまう。自分が作り出した状況によって自らを苦しめてしまう、負のフィードバック機構が働いているのです。このような渦擾乱による負のフィードバック機構は、1994年や1997年に発生したような強いIODの時には顕著に現れますが、それ以外の場合にはあまり上手く機能していないことも分ってきました。この気候プロセスは、特定の状況ではIODの終息に寄与していますが、他のプロセスが本質的な役割を果たしている場合もあるということなのです。

 

4.気候プロセスハンターへの道

 ここで紹介した例は、数多ある気候プロセスのほんの一部ですが、気候現象や気候システムの理解にとって気候プロセスを理解することの大切さを感じて頂けたのではないでしょうか。上記の例でも分るとおり、1つの気候プロセスを理解するためには、より基本的なプロセスを理解しておく必要があります。例えば沿岸湧昇やケルビン波、傾圧不安定のようなものです。これらに関する基礎的な理解を持ち、様々な状況下でそれを適用できる洞察力を持つことが、さらに大きな獲物を狙う(=プロセスを理解する)ことにつながります。もし皆さんの興味が湧いたら、気候プロセスハンターへの道を歩んでみて下さい。有能なハンターは、常に道具の手入れを怠らず、一旦狩りに出れば、忍耐強くチャンスを待ち、狙いを定めて獲物を手に入れます。私たちも気候プロセスを理解するための様々な手法を身につけ、観測データやシミュレーション結果を忍耐強く解析し、狙った獲物を手に入れましょう。獲物を手にした後の、至福の時間が待っています。

 

Horii, T., Y. Masumoto, I. Ueki, H. Hase, and K. Mizuno, Mixed layer temperature balance in the eastern Indian Ocean during the 2006 Indian Ocean dipole, J. Geophys. Res., 114, C07011, 2009, doi:10.1029/2008JC005180.