東京大学大学院
理学系研究科
地球惑星科学専攻

ウェブマガジン第6号

地球史最初の10億年に迫る

–生命を宿す星ができるまで–

 

飯塚 毅 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 講師)

 

 “地球史最初の10億年”は,現在から遡ると約45-35億年前にあたります.隕石・月岩石や惑星形成理論の研究から,地球形成の最終段階は約45億年前に原始惑星の超巨大衝突により進み,その際には地球の大部分が溶融しマグマの海に覆われていたと考えられます.一方,約35億年前の生痕化石が見られることから,その当時には生命が存在していたはずです.したがって,“地球史最初の10億年”は地球が灼熱地獄から生命居住可能な星へと変遷した時代と捉えることができます.そして,その変遷過程を理解することは地球の初期進化だけでなく,生命の起源や地球外生命の存在可能性を議論する上でも重要となってきます.しかし,その変遷過程については未だに数多くのことが分かっていません.これは主に,35億年前以前の地質記録が極端に乏しいことが原因です.40億年前よりも古い地球岩石は未だに見つかっておらず,40–35億年前の岩石が占める表面積は,地球表面積の凡そ0.002%しかありません.ここでは,そのような限られた地質記録を調べることで,“地球史最初の10億年”の描像を得ようと取り組んでいる研究を紹介したいと思います.

 

 

図1 初期地球の地質記録と描像(Artwork of Don Dixon: http://cosmographica.com).

 

海はいつからあるのか?

 海洋の存在は地球の主要な特徴の一つであり,様々な生命の活動にも重要な役割を果たしています.また,生物の分子系統樹で共通祖先に近い生命体が深海の熱水孔に生息していることから,海洋の存在は原始生命の活動にも大きく貢献したと考えられます。それでは,地球の海はいつ形成されたのでしょうか?

 西グリーンランドのイスア地域には,約38億年前の地質体が露出しています.そして,その地質体・岩石の構造を丹念に調査した結果,海底に噴出して形成される枕状溶岩(図1)や海底に堆積してできる堆積岩が見つかり,その当時には海が存在していたことが分かりました.近年では,38億年前以前の海洋の有無を,0.1mm程の大きさの鉱物の化学・同位体組成から検証する試みがなされています.これまでに見つかっている最古の岩石は,カナダのアカスタ地域に見られる40億年前の火成岩です.しかし,それよりも古い地殻物質として,西オーストラリア ナリヤー地域の約30億年前の堆積岩から,〜44億年前の結晶化年代をもつ鉱物ジルコン(ZrSiO4)が見つかっています(図1).ジルコンは非常に硬く化学的にも頑健な鉱物なので,浸食・運搬・続成作用を経てもマグマから結晶化した当時の情報を保持できます.そして,~42億年前のジルコンの酸素同位体比18O/16Oを測定すると,マントル起源のジルコンと比べて高い18O/16Oをもつことが分かりました.岩石の18O/16Oは,低温下で水と反応すると高くなります.したがって,~42億年前のジルコンを晶出したマグマは,水と低温下で反応した岩石がその後再溶融したことで生成されたと解釈できます.さらに最近では,~42億年前のジルコンがカナダや中国など他の地域からも見つかってきており,その当時には地球上の広い範囲で花崗岩,引いては,海洋が存在していた可能性が示唆されています.この解釈が正しいとすると,地球表層はマグマの海が安定な超高温状態(約1000˚C)から液体の水が安定な温度(<100 ˚C)まで,3億年ほどで冷却したことになります.

 

大陸はいつ誕生したのか?

 原始生命の活動には,海洋の存在だけでなく大陸の存在も重要であったと考えられます.大陸地殻上部を構成する花崗岩には,リンなど生命活動に必要な元素が高濃度で含まれています.そして,この花崗岩の浸食・風化作用をとおして,海洋に栄養塩が効率良く供給されます.それでは,大量の花崗岩が形成され,大陸が誕生したのはいつでしょうか?

 35億年前以前の岩石が殆ど見られないことを考えると,それ以前には大きな陸がなかったと単純には推測されます.しかし一つの仮説として,35億年前以前にも大量の大陸地殻があったにも関わらず,それらが若い大陸地殻にリサイクル(堆積岩化や再溶融・結晶化)した結果,今は35億年前以前の岩石が殆ど見られないのだという説があります.この仮説を検証するため,アマゾン川のような巨大河川の河口の砂に含まれるジルコンのハフニウム同位体比176Hf/177Hfを測定しました.ジルコンのHf同位体比はリサイクルする前の大陸地殻の形成年代を反映するので,広範囲にわたる流域大陸地殻から由来する大量の川砂ジルコンのHf同位体比を調べることにより,上記の仮説を検証することができます.この川砂ジルコンを用いた研究は,近年になって高空間分解能・高精度・迅速なHf同位体分析手法が開発されたことにより,はじめて可能となりました.そして,北アメリカ,南アメリカ,アジア,アフリカ大陸の約1000粒の川砂ジルコンの分析結果から(図2),大陸地殻のリサイクル効果を考慮しても,35億年前以前の大陸地殻の量は非常に少なかったことが分かりました.したがって,35億年前以前には花崗岩の浸食・風化があまり進まず,海洋への栄養塩供給は制限されていたことが推測されます.最古の生痕化石年代が約35億年前であるのは,それ以前の海洋に栄養塩が不足していたため生命活動が促進されなかったことを反映しているのかも知れません.

 

 

図2 川砂ジルコン試料の採取風景(左)とリサイクル前の大陸地殻の形成年代と成長曲線(右).

 

最後に

 ここでは初期地球における海洋と大陸の存在について言及しましたが,他に地球岩石試料や隕石試料を用いたコア—マントルの進化や大気組成についての研究も行われています.そして,それぞれの分野で明らかにしなければならないことが山積みです.例えば,海洋の問題一つとっても,地球の水の起源さえまだ分かっていないのです.この謎多き“地球史最初の10億年”に迫るためには,新たな初期地質記録の探索,限られた地質記録から少しでも多くの情報を抽出する手法の開発,そして研究を根気強く着実に進めることが大切です.生命を宿す星がどのようにできるのかという大問題の解決を目指して,我々と一緒に文字通り泥臭く研究を進めてみませんか?