東京大学大学院
理学系研究科
地球惑星科学専攻

ウェブマガジン第5号

宇宙プラズマの「ゆるい」世界

 

天野 孝伸 助教 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)

 

 この文章を目にする皆さんはもしかすると地球惑星科学専攻で「宇宙プラズマ」という分野の研究が行われていることに違和感を覚えるかもしれません。しかし、そもそもどこまでが「地球」で、どこからが「宇宙」なのでしょうか?歴史的には私達の分野の大先輩方は地球の超高層大気を研究しているうちにいつの間にか宇宙にまでその研究対象を広げていったようです。その意味では私達の研究は宇宙を対象にはしていますが、地球物理の延長線上にある研究分野なのです。さて、地球大気は重力成層していますから上空に向かうにつれて密度は急速に減少します。ですから普通に考えると宇宙は空っぽの何もない空間のように思われるかもしれません。しかし、実は宇宙空間は高温で希薄なプラズマ状態の気体で満たされていて非常にダイナミックに変動しています。皆さんはカナダを始めとする高緯度地方で見られる美しいオーロラのことはご存知だと思いますが、実はオーロラは宇宙プラズマの激しい変動を映し出す鏡のようなものなのです。ここでは宇宙プラズマのダイナミクスを対象とする私達の研究分野の面白さを簡単に紹介したいと思います。

 

 

「無衝突」プラズマ

 

 宇宙では地上ではとても考えられないほど高温な環境が簡単に実現します。例えば太陽コロナは数100万度という非常に高温な状態であり、このコロナからは太陽風と呼ばれる超音速の風が常に吹き出しています(図1参照)。このような高温状態では物質はプラズマ状態になり、物質の構成要素である原子が電離し、正の電荷を持った原子核と負の電荷を持った電子が自由に飛び回ることができるようになります。とは言っても電荷を持った粒子ですから当然クーロン力を介した相互作用はしますし、また磁場があると粒子の運動は大きく制限を受けます。現在では磁場は宇宙において普遍的な存在であることが分かっていますので、プラズマの運動を考える際に磁場を抜きにして考えることはできません。磁化したプラズマの最も興味深い特徴はプラズマと磁力線が一緒に運動するという性質でしょう。これをプラズマと磁力線の凍結と言います。例えば太陽は非常に強い磁場を持っていますが、太陽風によって太陽から出る磁力線は地球軌道を超えて遙か100AU以上まで引き伸ばされていきます。実は太陽風プラズマのような高温希薄の環境では気体中の荷電粒子はほとんど衝突をしません。例えば地球軌道の太陽風の典型的な値(密度数個/cc、温度10万度)では粒子同士のクーロン衝突の平均自由行程は約1AU程にもなります。このように衝突が無視できるプラズマは「無衝突プラズマ」と呼ばれています。通常の気体では衝突によりエネルギーや運動量の交換が起こりますから、平均自由行程よりも小さい空間スケールでは気体は流体としては振る舞いません。ところがプラズマの場合は粒子同士の衝突が無くても電磁場(プラズマ波動)を介したエネルギーや運動量のやり取りが起こるため、平均自由行程よりも遥かに小さなスケールで物事が起こります。もう少し感覚的に言えば、無衝突プラズマ中の荷電粒子同士には電磁場を介した「ゆるい」繋がりが、平均自由行程よりもずっと小さな空間スケールに存在するのです。無衝突プラズマでは常識からは想像し得ない興味深い現象が多々起こりますが、そのほんの一部を以下で紹介したいと思います。

 

図1: Ulysses衛星で観測された太陽風速度の緯度分布。低緯度(赤道面付近)では比較的低速で平均的には400km/s程度、高緯度では700km/s以上の速度を持つ。

 

 

地球磁気圏

 

 荷電粒子は磁力線と平行方向には自由に運動しますが、垂直方向には磁力線に巻き付いているため、簡単には磁力線を横切ることができません。このような性質があるため、地球の固有磁場は太陽風プラズマの地球大気への直接侵入を防ぐバリアの役割を果たしています。この結果、地球の近傍には地球磁場が支配的な磁気圏と呼ばれる領域が形成されます(図2参照)。地球磁気圏には絶えず太陽風が一方向から吹きつけていますから、たなびいたような構造になっています。ただし太陽風はいつも変動しているので、地球磁気圏もまたそれに応答する形で活動度が変化します。例えば極域では突発的な激しいオーロラ活動(サブストームと呼ばれています)が起こることがありますが、このようなオーロラ活動には太陽風によって引き伸ばされて尻尾のようになった磁気圏尾部での磁気リコネクションという現象が重要であると考えられています。さて、このように大きく引き伸ばされる磁力線の根本は比較的高緯度にあるため、日本のような低緯度の地域では通常オーロラを見ることはできません。しかし、通常よりも低緯度の領域(日本では北海道など)でも時々オーロラが観測されることがあります。実はこの時には磁気嵐と呼ばれる激しい宇宙環境の変動が起きています。太陽フレアに伴って高速のプラズマの塊が惑星間空間に放出され(コロナ質量放出)、それが地球磁気圏にぶつかると磁気嵐と呼ばれる非常に激しい擾乱現象が起こるのです。このような場合には通常よりも強い太陽風の影響によってより低緯度の磁力線が遠くに引き伸ばされるので、低緯度でもオーロラが光るのです。

 

図2: 地球磁気圏の模式図。太陽風の影響によってたなびいた構造になった磁気圏尾部での磁気リコネクションが極域で爆発的に光るオーロラの源になっている。

 

 このように神秘的で美しいオーロラが光るだけなら良かったのですが、実は磁気嵐のような擾乱現象が起きると人類に都合の悪いことも起こります。例えば地球の磁場に捕捉された相対論的電子(放射線帯)の量が磁気嵐に伴って大きく変動を受けることが知られていますが、このような高エネルギー粒子は人工衛星を故障させる要因になっています。人類がこれまで以上に宇宙開発を積極的に進めるにあたって、私達には宇宙環境変動を予測することも求められています。このような実用を目指して宇宙環境を予測しようとする研究は「宇宙天気」研究と呼ばれています。宇宙天気研究は身近な普通の天気予報に比べると残念ながらまだまだ遅れてはいますが、日米を始めとする世界各国で盛んに研究が行われています。

 

 

プラズマ素過程と粒子加速

 

 激しいオーロラ活動には磁気リコネクションが重要ということは既に触れましたが、これは一体どういうことでしょうか?磁気リコネクションとは大雑把に言えば蓄積された磁気エネルギーを解放してプラズマのエネルギーに変換する過程のことです。地球磁気圏の例で言えば、太陽風によって引き伸ばされた磁気圏尾部には磁気エネルギーが蓄積されます。何かのきっかけで磁気リコネクションが爆発的に起きると、磁気エネルギーが解放されプラズマのエネルギーに変換されます。この際に解放されたエネルギーがオーロラを光らせたり、磁気圏の活発な活動を引き起こすというわけです。今度は磁気エネルギーの代わりにプラズマの運動エネルギーを熱エネルギーに変換する過程を考えてみましょう。例えば太陽風は超音速の流れなので、地球磁気圏を始めとする障害物にぶつかると衝撃波を形成しますが、これは太陽風の流れの運動エネルギーを熱エネルギーに変換する過程になっています。宇宙では超音速の流れはあちこちで作られていることが知られていますから、衝撃波の物理を理解することも非常に重要になってきます。

 

 無衝突プラズマでは粒子同士の衝突が無いため当然散逸もしません。これは磁気リコネクションや衝撃波によって蓄積された自由エネルギーを散逸することと一見矛盾しているように思えます。実はここが無衝突プラズマの一番の魅力になるわけですが、一言で言えば電磁場を介した粒子同士の「ゆるい」繋がりは実効的な衝突と考えることができます。従って観測されるような散逸(エントロピー増大)が「ゆるい」衝突の結果として起こり得るのです。このような過程の詳細をお話するのはあまりにも専門的になり過ぎるのでここでは控えますが、このような「ゆるい」繋がりによって無衝突プラズマ中の現象は私達の常識が必ずしも通用しない不思議な世界になっていることを強調しておきたいと思います。中でも特に面白いのは磁気リコネクションや衝撃波に代表される散逸過程に伴い、一部の粒子が選択的に非常に(熱エネルギーよりも何桁も)高いエネルギーまで加速されることです。これは無衝突プラズマならではの特徴と言えるでしょう。図3には人工衛星で実際に観測された粒子のエネルギー分布を示していますが、熱的分布とは明らかに異なるべき形の分布をしていることが分かります。しかし単に散逸が必要というだけであれば、高エネルギー粒子を作らなくても温度の高い熱的なプラズマを作ることでも実現できるはずです。なぜ自然(=無衝突プラズマ)は熱的な粒子分布ではなく、一部の粒子のみを加速して非熱的な粒子分布を作ろうとするのでしょうか?ここでは少し感覚的に、自然の気持ちになって考えてみたいと思います。

 

図3: 地球バウショック(太陽風と地球磁気圏の相互作用の結果として形成される衝撃波)で観測された高エネルギー電子分布(Oka et al., 2006)。100eV程度から数keV程度までが両対数グラフでほぼ直線になっていることから、べき形の分布になっていることが分かる。このような高エネルギー粒子分布は無衝突プラズマ中でよく観測される。

 

 統計力学では熱的分布は多数の粒子にエネルギーを同じように分配する等エネルギー分配則から説明することができます。さて、無衝突プラズマの場合には粒子間衝突はありませんが、粒子同士は一応「ゆるい」衝突はしているのですから等エネルギー分配則を成り立たせようと自然は努力するでしょう。しかし本当の衝突ではありませんから、衝突による粒子間のエネルギー分配よりもその効率は(自明ではありませんが)悪そうです。実際の現象ではエネルギーの分配に無限の時間を使うことはできず、ある程度の時間的な制約があります。(例えば衝撃波で必要な加熱を引き起こすには上流の流れが衝撃波の厚みを通過するくらいの時間で散逸が完了しなければいけません。)仮にこの時間が等エネルギー分配に必要な時間に比べて短かったとしましょう。そうは言っても散逸すべきエネルギー量は決められているわけですから、自然はしょうがなく全粒子に均等にエネルギーを与えるのは諦めて、一部の粒子にだけ選択的にエネルギーを与えることでその場をしのごうとし始めるのではないでしょうか。この話ではまだちょっと難しいので、もっと身近な例えを考えましょう。あなたは街でティッシュを配るアルバイトをしていると想像して下さい。あなたは決められた時間に決められた個数のティッシュを配らなければいけませんが、一人に一つずつティッシュを配っていたのではとても間に合いません。(真面目な人はそれでも頑張るかもしれませんが、私のようなズボラな人なら)しょうがないので一人に2個ずつとか10個ずつとか配ることにして時間内に捌こうとするでしょう。おそらく自然もあなた(私?)と同じように一部の粒子だけに多くのエネルギーを与えて、早く仕事を終わらせようとしているのだろうと思います。(このように考えるとやっぱり無衝突プラズマは「ゆるい」感じですよね。)以上は私の勝手な推測(妄想とも言う)でしかありませんが、たまには自然の気持ちになって様々な現象を深く考えてみるのも楽しいものです。

 

 

天体現象への応用

 

 今では磁気リコネクションや衝撃波などの素過程は天体物理においても非常に重要な役割を果たすと考えられるようになっています。例えば宇宙から地球に降り注ぐ高エネルギーの宇宙線は超新星爆発の際に生じる衝撃波(超新星残骸衝撃波)によって加速されると考えられていますが、本質的に同じ物理過程が地球近傍で観測される衝撃波でも観測されています。図4には超新星残骸衝撃波のX線観測と、地球近傍で人工衛星が直接観測した惑星間空間衝撃波近傍の高エネルギー粒子分布を示しています。これらの観測対象は全く異なるものではありますが、そこには多くの類似点を見出すことができます。これから分かるように、地球近傍での衝撃波における粒子加速の素過程の研究は、そのまま超新星残骸衝撃波での宇宙線加速の研究に直結しているのです。このような観点から、私達は宇宙プラズマ現象の素過程の理解を積極的に天体プラズマ現象へと応用しています。

 

図4: 超新星残骸衝撃波と惑星間空間衝撃波との比較。Chandra衛星が観測した超新星残骸SN1006の非熱的なシンクロトロンX線放射(Bamba et al., 2003)と、Geotail衛星が観測した惑星間空間衝撃波(太陽フレア等に伴って生じる衝撃波)の到来に伴って増大する高エネルギー粒子(Shimada et al., 1999)。

 

 地球磁気圏を始めとする地球近傍の宇宙空間では観測機を搭載した人工衛星を見たい現象が起きている現場に飛ばし、プラズマの粒子や電磁場を「その場」で直接観測することができます。これはリモートセンシング(ほとんどの場合は望遠鏡を用いた電磁波の観測)に頼らざるを得ない天文学と比べると非常に大きな利点であり、遙かに多くの情報量が得られます。私達の分野では、理論解析や数値シミュレーションの結果を常に「その場」観測に突き合わせ、実証することによって着実に無衝突プラズマの理解を深めてきました。このことは天体プラズマへの応用を考える際にも、大きな強みになっているのです。逆に言えば、私達は手の届く近場の宇宙空間を天体プラズマを理解するための実験室として使っているとも言えるでしょう。

 

 

最後に

 

 私達が研究している宇宙プラズマの面白さが少しは分かって頂けたでしょうか。私達は特定の現象を理解するというよりは、より一般的な共通の物理を理解することを目指して研究を進めています。このようにして得られた宇宙プラズマの知識は様々な対象へと適用可能です。地球近傍の宇宙と遠くの天体で起きている現象は一見全く異なるようにも見えますが、実はかなりの部分が共通の物理で理解することができるのです。このような私達の研究分野に興味を持たれた方、ぜひ一緒に複雑な宇宙プラズマの世界を探求していきませんか?