惑星大気の起源・進化と天体衝突現象
  杉田 精司 (新領領域創成科学研究科)

地球と太陽系内の他の惑星の違い、つまり地球には生命が満ちあふれ他 の惑星には(多分)ほとんど生物がいないという違いの最も大きな原因と なっているのは、その大気の組成と量の違いであると言えます。地球と同 じ質量の惑星であっても大気の組成がメタン主体であったり、濃さが今の 1/100しかなかったりしたら地表の環境は現在のそれと全く似てもに つかないものになっているはずです。例えば、前者の例は土星の衛星タイ タンで、後者の例は火星です。なぜ地球は現在のような大気を持つに至っ たのでしょうか。この答を得るために、多くの研究者が様々な手法を用い て研究をしています。

それらの研究により分かってきたことの一つは、天体の衝突により惑星の材料物質が衝突脱ガスすることにより地球型惑星の大気は形成したということです。したがって、惑星大気の起源と進化を理解するには天体衝突、特に衝突蒸発現象を理解することは、惑星科学上の非常に重要な課題です。そこで私たちは、この天体衝突現象、衝突蒸発現象の物理過程の解明をテーマの中心に据えて研究活動を行っています。


図1.窒素とメタンからなる分厚い大気に覆われた土星の衛星タイタン。タイタンにはNASAの探査機カッシーニが向かっており、地球の1.5倍の圧力を持った大気の精密な分析をする予定です。 図2.地球の100分の1の薄い大気を持つ火星。しかし、火星は過去に現在の何倍もの厚さの大気を持ち温暖で湿潤な気候を有していたのではないかと推測されています。

しかし、一言に衝突現象と言ってもいろいろな側面があります。一つは、最初期における衝撃加熱過程とそれに引き続く衝突蒸気雲の形 成、さらに衝突蒸気雲中での化学反応過程など衝突蒸気雲の初期過程です。もう一つは、最初期の超高温プロセスが終了し、その際生ずる衝撃波の運動によりクレーターが形成する過程です。さらには、クレーター形成により地震波や津波が発生することや地殻に熱異常が作られて固体惑星の進化に影響が出ることなどの非常に長期的な影響も重要です。

図3.アメリカ航空宇宙局エイムス研究センターの垂直衝突銃施設。最高秒速6-7km/s の速度を出せる2段式軽ガス銃装置。

中央下の水色のタンクが高さ約3mの真空チェンバーでこの中に衝突の標的がおかれます。中央に立つ赤い鉄の構造が銃身と支柱です。国内で達成が難しい高速度の衝突が必要な実験は、この銃を用いて行っています。

我々は、これらについてそれぞれ最適と考えられる手法を用いて研 究を行っています。まず、最初期の超高温プロセスは、超高速分光法と質量分析法を用いて実験的研究を進めています。衝撃加熱過程にしても衝突蒸気雲中での化学反応過程にしても現象を支配する物理方程 式や基礎パラメーターがしっかり分かっていません。したがっていきなり理論モデルを作ろうとしても信頼できるものを作れる見込みは非常に小さくなります。そこで我々は超高温プロセスを実験室内で再現する装置を作成し、その中で起きる物理化学現象を詳細に定量観測し、 そこでの運動や反応を支配している基礎物理法則を確立することを目指しています。

もともと衝突現象というものは高速で短時間のうちに起こる現象であ るため、精確な測定が難しいですが、この超高温プロセスはその中でも特に継続時間が短く測定が困難です。しかし、我々が開発した高速分光法は、このような極短時間の継続時間を持つ現象の測定にも充分耐え、現象の正確な記述をしてくれる力を持っています。一方、質量分析器は高速分光法ではカバーしきれない多くの化学種の観測を網羅的に行ってくれ、衝突蒸気雲中の化学反応によりどんな化学物質が生成されるのかを知ることができます。高速分光法で観測される衝突蒸気雲の熱力学状態と質量分析器による最終生成物の測定の2つを組み合わせることにより、高温の衝突蒸気雲中での化学反応プロセスの解明ができるはずです。


図4.エイムス研究センターの垂直衝突銃施設 で行った衝突実験の一例。直径約6mmのポリカーボネイトの弾丸を図の左下方から速度5km/s で銅の標的に対して斜め衝突(衝突角=水平から30°)させた実験です。激しい衝突加熱により強い閃光が生じています。 図5.衛星ダクティルを従える小惑星アイダ。 小惑星への接近観測が幾つも行われ、アイダ のように扁平な形をした小惑星が非常に多い ことが明らかになってきました。このような 扁平な形は、原始太陽系星雲のダストの自己 重力崩壊によっては作ることができません。 いったん比較的大きな母天体が形成され、そ こから天体間衝突により放出される衝突破片 がアイダなどの小惑星になったと考えられて います。

第2のテーマであるクレーター形成過程については、主にガス銃によ る比較的低速の衝突実験を中心に行っています。比較的低速と言っても 秒速300 m/s程度とジェット旅客機並みのスピードです。この速度は、 岩石や金属中に強い衝撃波を作ることはできませんが、砂のように実効 音速の非常に遅い媒質中では強い衝撃波を作ることができ、3次元の衝 撃波が作り出す様々な現象を実験室内で観測することができます。岩石 や金属に強い衝撃波を作るには、2段式軽ガス銃といって火薬と水素ガ ス(可燃性)を用いた大がかりな装置を使うのが一般的ですが、これは 危険を伴い、一回の実験にかかる労働力と時間が大量なため、多回数に わたる繰り返し実験は困難です。その点、ガス銃の運転には手の込んだ 銃のメンテナンスをする必要なく、熟練した実験者なら1人だけでも1 日10発以上の高速衝突実験が可能で、2段式軽ガス銃に比べて圧倒的 に多くのデータ点を取得できるという利点を持っています。また、地球 や金星のような大型の惑星への衝突現象は、必ず10,000 m/s以上の超高 速度でしか起きないが、小惑星のような自己重力の小さい小天体の表面 ではガス銃で実現されるような比較的低速の衝突が頻繁に起こっていま す。最近の小惑星探査により明らかにされつつある小惑星上の特異なク レーターの形成プロセスの解明には、このようなガス銃による実験が特 に有効であると考えられます。また、このような小回りの利く実験装置 は、並行して行う高速衝突の理論シミュレーションの進行にあわせてき め細かく条件を変えて実験をすることも可能にする。これにより、従来 行われてこなかった理論と実験の1対1対応させた研究が可能になります。

図6.ガリレオ探査機が撮影した地球とその衛星月。惑星科学は地球 の兄弟星である月を探査研究することで20世紀の後半に大きな飛躍 を遂げました。しかし、何もかもが新しい発見であった時代は終わり、 精密な観測と定量的な理論計算に立脚した新しい惑星科学の構築が21世紀には求められています。

第3のテーマである、長期的な地球史・惑星史への影響の評価に関し ては、主に理論計算により研究を進めています。上に述べたような衝突 実験により解明された衝突物理の素過程を地球や惑星の進化プロセスの 枠組みの中でその重要性を評価するのが、このタイプの仕事の目標です。 自分のやっていることが、地球や惑星の大きな進化史の枠組みの中でと らえられるので、やっていて非常に面白いのが魅力です。ただ、理論計 算は比較的簡単に始めることができるため、やる人の人口も多く、比較 的簡単にできることは既にやり尽くされてしまっているのが現状です。 アポロやボイジャー探査機が初めて太陽系内を探検して周り、毎年のよ うに太陽系の地図がかきかわっていた時代には、理論的な仕事は探査機 のもたらす新しいデータに追いつくのが精一杯という状況でした。その ため、多くの純粋な理論家が活躍できる場があった。非常に粗い精度で 大雑把な議論をしてもそれまでの常識を破るような新発見になるという ケースが幾つもありました。しかし、太陽系の探検が一段落して、太陽 系の概要が分かってきた21世紀の初頭の現在においては、単に理論計 算だけをやって非常に新しい知見やブレークスルーを得ることは、非常 に稀でした。理論だけをやって理論計算の信頼性を圧倒的に高めること は不可能です。実験や観測による裏付けがなければ理論の精密化は意味 をなさなくなってしまいます。そのため、地球上のクレーターの地質調 査に参加したり、惑星探査によって得られた惑星表面の画像解析を行っ たりして自前のデータを取得することが重要な発見をするための近道と なる場合も多いものです。また、室内実験を行って信頼できるデータを 得て、それをよりどころに従来不可能だった精密な惑星進化モデルを構 築するというアプローチも重要です。こうした考え方に立って、実験や 観測との強い結びつきを持った理論計算を推し進めようというのが私た ちの目指している理論研究です。