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 惑星周辺プラズマを写真に撮る
  中村 正人 (宇宙科学研究所)

我々はいわゆる磁気圏の研究をしていますが,実を申しますと,この研究は蟻が象の背中をなでて世界を判断しているようなまだるっこしい所があります。磁気圏といいますのはまあ宇宙におけるその惑星の勢力範囲(領土?)と言っても良い領域で,その惑星の磁場と太陽風とのせめぎ合いによって境界が決まります。地球の磁気圏を例にとってみても地球の太陽側に約10地球半径,太陽と反対側には何百地球半径といった距離まで磁気圏は伸びていて大変広大な領域です。そこに小さな探査機を飛ばして,その場その場で観測データを取得していくのですから,ちょうどこれは象どころではなくサハラ砂漠を蟻ん子が旅をしてその地図を作ろうというようなものです。(もっとも,探査機にはすばらしく早い足があるという違いはありますが。)そこで,1990年代にはアメリカ,ソ連(後にロシア),ヨーロッパ,日本が協力して複数の探査機を磁気圏の中に万遍なく配置して,その全体像を掴もうというISTP計画がスタートしました。日本からはジオテイルがISTP一番機として1992年に打ち上げられています。

ジオテイルがまだOPEN-Jと呼ばれていた頃,私は宇宙研への進学を決め(拾って頂いた?),大林,西田,鶴田先生たちの居る研究室に入って,プラズマの流れや加速に重要な役割を果たすプラズマ中の電場観測器を鶴田先生,早川基さんと一緒に作り始めました。一連のロケットによる基礎実験ではなかなか思うような成果が出ず,私は論文が書けず博士年目に進学(留年ともいう)しようとしていた頃,鶴田先生とこんな会話を交わしました。私「こんなマダルッコシイこと止めて,地球から離れて磁気圏の写真を撮ればいいじゃないですか」,鶴田先生(あきれた顔で)「あのね,中村君,光の散乱断面積っていう概念,知っている?」つまり先生のおっしゃりたいことは磁気圏のプラズマは太陽の光を受けて輝くには希薄すぎると言うことです。確かに通常の可視光の散乱であればその通りであり,私は愛用のペンタックスで写真を撮るようなつもりで居ましたので,そこで深く頷き,さすがは先生だと思ったのでした。幸いにして1987年のはじめ改良に改良を重ねた電場計測器EFDを搭載したS-520-9では世界で最初の時間計測法(TOF)による精密電場測定に成功し,私は無事博士論文を仕上げドイツへと旅だったのでした。(就職口がなかったものですから。)

3年後ドイツから帰ってきて宇宙研の助手になった頃,鶴田先生が私を部屋にお呼びになり,にこやかなお顔で
「中村君,実はあれ写るんだよ」
とおっしゃいました。
「はあ?何のことです?」
「いや,だから,あの磁気圏のプラズマだけど」
3年前,写らないと断言されたじゃないですか」
「中村君,検算しなかったの?」
「してません」
「駄目じゃないですか」
「...」
実は可視の光ではなく,極端紫外線でならば可能だというお話でした。これらの光はX線に近いのでかなりのエネルギーを持っていますから,通常の反射鏡などでは物質の中に潜り込んでしまって反射率は極端に悪いのです。その為,効率の良い光学系が以前は作れず,宇宙空間でこれらの微弱な光を捉えることは至難の業でした。しかし,その当時X線天文学の分野で発達してきた多層膜反射鏡という技術を使えば,このような光学系を作ることが出来るのではないかというのが鶴田先生のお話でした。

地球の磁気圏には,特に地球の近傍でプラズマの密度が高いところがあります。たとえば低緯度で地球半径の4倍くらいの所までは冷たい電離層起源のプラズマが満ちていてプラズマ圏と呼ばれています。このプラズマ中の10%程は主にヘリウムの一価イオンで,太陽光中にも強い成分を持つ30.4nmの光を散乱します。鶴田先生と話した後,この光の量を計算してみますと,どうも確かに検出可能かもしれない。しかし,ロケットや衛星に搭載できる10cm級の反射鏡を用いるのならば反射鏡の反射率が20%は必要だということもわかりました。

1990年に私が日本に帰ってきた頃,すぐ傍のお部屋に山下広順先生が居られました。反射鏡の多層膜に関してご相談申し上げるのにこれ以上の方は居られません。
304Åでも出来るでしょうか?」
と伺いますと煙草をくゆらせながら
「やってみればええんじゃ」
との力強いお答えを頂きましたので,早速ロケット実験の準備が始まりました。S-520-19に搭載されたHEMはそれから数年後に飛ぶことになりましたが,反射鏡からMCP,フィルターにいたるすべてのことで山下先生のご指導(というより,ほとんど先生が仕様をお決めになった)を頂きました。1993年に私は東京大学に移りましたが,その後山下先生も名古屋大学へ移られ,結局ロケットの準備は名古屋大+東大で行うようになりました。そのときのHEMのデータが図1に示したもので,学生だった吉川君の修士論文となりました。


図1 観測ロケットS-520-19号機に搭載したHEMの観測結果。横軸は打ち上げ後の時間,縦軸はHEMのカウント数。100カウントが1レイリーに対応する。3本の曲線は電離圏のヘリウムイオンの密度を仮定した場合に予想されるプラズマ圏からの光量を表す。

当時,D棟で吉川君と滝澤君(現理研)の二人がフィルターやMCP等の較正を行うチェンバーを整備していたときのこと,滝澤君が「一寸見に来てください」と情けなさそうな顔で言うので行ってみると,本来ならば極端紫外光の発生装置の中で放電していなければいけないはずのガスが,そこへつながるボンベとの間のガスチューブの中で綺麗に光っていて,彼らには悪いけれど大笑いしたこともありました。高価なレジスティブアノードをチェンバーで取り落として割ったり,初期の頃はうまく行かないことばかりで,山下先生には随分お叱りも受け,鶴田先生は
「あの調子で大丈夫だろうか?」
と首をひねって居られたとのこと。それでも,見捨てずに支援して下さった先生方のおかげで次第に実験室の陣容も整い,SS-520-1にはHEMをパワーアップしたEPSという装置を乗せ,これは滝澤君のD論の一部となっています。

「のぞみ」に極端紫外の撮像装置を搭載することを目指していましたが,搭載までには多くの関門がありました。何度もプロポーザルを書きましたが,提出する度に突き返され最後に鶴田先生から
「これならば載せるだけのサイエンスがあるから搭載重量400gを許す」
と言われたときには,その少ない重量にもかかわらず,非常に嬉しかったことを覚えています。が,しかしそこからがやはり大変なのでした。400gという重量をクリアするために採用したフレキシブル基盤上のアノードは一寸した取り付け方の違いでノイズを拾ったり拾わなかったりしますし,円形のフィルターを半月型に分けて違う波長に使うというアイディアはフィルター位置がアノードから離れすぎていて,他の波長の混入を受ける,挙げ句の果てにはフードの大きさが十分でないことがかなり後の段階になって分かり,今は亡き山本達人さんに大目玉を喰らいながらも,助けてもらったことなど,あまり書きますと人に怒られた話だけで終わってしまいますからもう止めますが,とにかくPLANET-Bの劣等生と言っても間違いではない状態でした。正直言いまして私のイモ設計が元で迷惑をかけた当時の学生諸君には本当に申し訳なかったと思います。


図2 火星探査機「のぞみ」に搭載された極端紫外光スキャナー(XUV)によるプラズマ圏の映像。光量は最大で約10レイリーとなり,理論的予測と良く合っている。図中の地球は「のぞみ」搭載マースイメージングカメラ(MIC)による画像である(向井正(神戸大理),野田寛大(東大院理)提供)。白い線は双極子磁場を仮定した時の,地方時6,18時のL=4,6の磁力線である(L値は,磁力線が赤道面を切る位置と地球中心の距離で地球半径で表した値)。ピンクの線は「のぞみ」の軌道を示す。

この劣等生だった装置XUVを一人前に較正し,そこから取得されたデータで博士論文をものにしたのも,この学生さんたちでした。吉川君の博士論文は最初に話しました地球プラズマ圏の撮像を元にしたもので,この画像(図2)は新聞にも載りましたし,当時のISASニュースの表紙にしていただいたこともあります。今,CRLにいる山崎君の博士論文は太陽系に侵入してくる星間風に関するもので,「のぞみ」がクルージングしている間のデータをかき集めてヘリウム原子の全天マップを作りました(図3)。この研究はやはり我々の研究室にいて,現在天文台に職を得た野田君の博士論文のテーマとも深く関わっており,野田君の粒子計測データ,山崎君のリーモトセンシングデータで互いの検証も出来るという嬉しいものになりました。塩見君は「のぞみ」が月をスウィングバイした時に,月表面で反射される極端紫外光(図4)から表面の組成を議論したもので,ユニークなものです。「のぞみ」XUVの本来の任務は火星大気中のヘリウムガスやヘリウムイオンの全量を測定し,火星に存在するであろう水の存在に迫るというものですが,そこに至る前につの博士論文に結びついた(前哨戦となるロケット実験での滝澤君のものを入れればつ)という幸運に恵まれました。地球のプラズマ圏観測では,その後追いついてきた米国のイメージ衛星に多くの成果を攫われてしまいましたが,火星に着いた暁には火星周辺のプラズマ撮影に関しては独壇場になると楽しみにしています。


図3 のぞみから観測したヘリウム原子の全天マップ。赤径(横軸)?赤緯(縦軸)で表示。黒と灰色の部分は,まだ観測は行なわれていないが,火星に到着するまでには全天マップが完成する。


図4 のぞみ衛星で観測した月のアルベド(カラー)を月の表面写真(白黒)の上に重ねた写真。月の海は,高地よりもアルベドが低い。

この先のプラズマを写す研究はどうなるのでしょうか? ごく簡単に目標だけを述べますが,一つには地球磁気圏全体の写真を撮りたいと思います。このとき,磁気圏内でプラズマが高速で移動しているためにドップラーシフトを受け,共鳴散乱の光量が少なくなるという問題がありますが,幸い酸素イオンの共鳴散乱線はつの散乱線が83.4nm近辺に集まったものであり,比較的広いバンド幅を持っています。この為速いイオンの流れも捉えることが出来るはずですが,そこでのスピードを確実に知るためには「その場観測(in situ)」の衛星の助けが必要です。恐らく相補的な観測となってより多くの情報が得られることになります。さらに検出器としては現在理研で開発がほぼ終了したSTJという素子を使いたい。これはトンネル接合を利用した素子ですが,画像を捉えると同時にエネルギー分解が可能で,量子効率も良いという素晴らしいものです。

もう一つの目標としては地球以外の星,特に金星と火星から吹き出す酸素イオンの分布や量を写真に撮る事が挙げられます。これら二つの惑星は磁場を持たず,太陽風が電離層や大気と直接相互作用して惑星の大気をはぎ取っていると考えられますが,その大気散逸プロセスは惑星の大気の進化を考える上で重要なものです。もちろん,この写真だけで大気進化の問題が解けるわけではありませんが,写真というものは非常に多くの情報を含んでいます。必ず,大きな成果を挙げられると考えています。

思えば子供の頃から写真を撮ることが好きでした。今,我が家にはその頃からのカメラが多数保管庫に入っていて,被写体も小学校の友人から,風景写真,家族の写真と移ってきました。ここ10年はここに述べた極端紫外のカメラでプラズマを撮ることに専念してきましたが,これらの技術も若い人たちが発展させてくれています。これからは,今日ここに述べられなかった赤外カメラでヴィーナスの写真を撮ることになります(つまり金星探査のことです)。キャパの様な写真家にはなれませんでしたが,幸せな研究生活を送らせて頂いていると思います。写真好きの方は、どうぞ我々の研究室を訪ねてきてください。

(なかむら・まさと)