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 惑星探査と惑星地質学
  宮本 英昭 (総合研究博物館)

私たちは惑星地質学の研究を行っています.惑星地質学という分野は聞き慣れないと思いますので,まずはこれについて説明しましょう.これまでの太陽系探査(惑星探査や衛星探査)の中で,もっとも多くの情報量が取得されたのは,固体天体の表層部に他なりません.そこで探査で得られた膨大な情報を整理し,天体の見かけを知るだけでなく,天体をつくる物質や構造,ひいてはその生い立ちを明らかにしようとする研究が近年進歩してきました.こうした研究を行う分野を惑星地質学と呼びます.
惑星や衛星の中には,地球と異なる異世界という印象を与えるものがあります.たとえばイオでは地面から硫黄が噴き出しているとか,タイタンや金星ではメタンや硫酸の雨が降るなどと聞くと,地球とは似ても似つかないように思われるでしょう.しかしその硫黄が成層火山を作り,メタンの雨が地球とそっくりの水系地形を作るなど,見方によっては地球と良く似た特徴を兼ね備えている場合が多いのです(図1).そのため各天体の様子を博物学的に調べることは,地球という天体そのものを,多角的な視点から理解することにつながると期待できるのです.

図1.さまざまな天体に見られるチャネル状の地形(左から金星,火星,タイタン).形態は地球の河川地形と類似しているが,金星のチャネルは高温で低粘性率の溶岩流で,火星のチャネルは表層または地下水で,タイタンのチャネルは液体の炭化水素によって形成されたと考えられている.

惑星地質学において,探査機が取得した地表面の画像を解析することが特に重要な研究手法となりますが,扱う情報はそれだけではありません.周回軌道上の探査機が取得するさまざまな種類のリモートセンシングデータ,着陸探査機による,局所的ではあるけれども,詳細な地表の画像や組成,物理データ,さらにはサンプルを分析する研究も利用されます.さらに物理モデルの構築やアナログ実験,アナログ地形の調査,隕石の分析など,いくつもの手法を総合的に組み合わせることで,限られたデータから天体に関する情報を引き出すことを試みるのです.以下に私たちが行なっている研究の具体例を紹介しましょう.
日本の小惑星探査機「ハヤブサ」は,小惑星イトカワの探査を行なうことに成功しました.平均直径で約300メートルという,これまで探査された中で最も小さなこの天体は,重力が地球の1万分の1しかないため,表面には小石が存在できないかと予想されていました.ところがハヤブサ探査機が取得した高解像度の画像には,まるで砂利が敷き詰められたように無数の岩が存在していました(図2).私たちはこうした画像に対して,地球の地質学的な解析方法を用いることで,ここで見られる岩石がかつて流動していた証拠を発見しました.そしてその流動が,数値形状モデルから予想される重力場と常に同一方向であることを見出し,さらにそれが振動によって引き起こされていることを突き止めました.
このような小さな天体は,小天体の衝突などにより容易に振動することが予想されるため,ここで見つかった岩石の流動は,他の小惑星においても普遍的に生じている可能性があります.もしこれが本当だとすると,重要な意味を持ちます.小惑星は太陽系内に100万個以上存在すると考えられていますが,これらを全て探査することは不可能ですから,小惑星の全体像を理解するには,地表から望遠鏡で観察し分類していく必要があります.その際に観察できるのは地表面に限られるので,このような地表を大きく改変するプロセスの存在は詳しく調べる必要があるのです.
私たちは現在,これまでの探査で取得されたデータをピクセル単位で詳細な解析を行っています.また地球や火星の類似した地形の調査を行ったり,数値シミュレーションモデルを開発して岩石流動の様子を調べたりするだけでなく,次期小惑星探査計画に参画して,新たな探査データを獲得できるように努力しています

図2.探査機「ハヤブサ」が取得した小惑星イトカワの高解像度画像.岩石が規則的に配列している様子から,この小さな小惑星の上においても地すべりのように岩石が流動したことがわかりました.

火星に関する私たちの知識は,現在爆発的な勢いで増大しています.火星表層は航空写真以上の解像度で次々と撮影され,地表を走り回り岩石を調べられる探査車が野外調査に似た「その場観測」で岩石の化学分析をおこなうなど,火星探査の様相はこの数年で一気に変化しています.そのため以前は常識と考えられてきた概念が,次々と修正を余儀なくされています.そこで私たちは,探査機が何を観察したか客観的に事実を整理しようとする研究が現在は重要であると考えています.
私たちは,膨大な量の探査データを丹念に観察することを特に重視し,その後これに物理モデルを用いて何らかの物理量を抽出し,さらに数値シミュレーションを構築して時間発展を知るというアプローチの研究を行うことで,火星の現在と過去の表層プロセスを理解しようとしています.例えば火星の歴史上ごく最近において低粘性の液体が関与して形成された地形を幾つも発見し,これらの物理的な解析を通じて形成プロセスを明らかにする研究や(図3),過去の氷河や流水の証拠と言われている地形の研究を進めています.また将来の火星探査にむけた研究や探査計画の検討も行っています.

図3.火星に見られる,低粘性の流体によってごく最近形成された地形.このような地形の存在と分布を調べることは,火星における物質循環を知る上で鍵となると考えられます.