地震発生過程の研究
山下 輝夫、宮武 隆、加藤 尚之 (地震研究所)

3)地震発生サイクルの数値シミュレーション(加藤尚之)
 地震発生サイクルの数値シミュレーションとはどのような研究か,地震学の他の分野とどのような関連があるのか,何を目指しているのか,を簡単に説明します.最後にシミュレーションの例として東海地震のシミュレーションの結果を紹介します.

図5.地震サイクルの中の様々な現象(黄色のボックス),それを理解するための地震学の研究分野(青いボックス)と地震サイクルシミュレーション(赤いボックス)との関係.地震サイクルシミュレーションへと向かう矢印は数値モデルを組み立ているのに必要な情報,地震サイクルシミュレーションからの矢印はシミュレーション結果が現象の理解に役立つことを示している.

大地震はプレート境界や既存の活断層で数十年から数千年の周期で繰り返し発生します.このような地震の繰り返しを地震発生サイクルといい,力学的なモデルに基づいてコンピュータを使って地震発生サイクルを再現する研究が地震発生サイクルの数値シミュレーションです.

 断層が高速にすべって地震波を放射するのは地震発生の1周期の中では非常に短い時間です.地震サイクルの残りの時間でも断層は常に完全に静止しているわけではありません(図5の黄色のボックス参照).大地震の後には多くの余震が発生します.最近の地殻変動研究からは,大地震が発生した後に断層の動きがすぐに止まるのではなくて,しばらくはゆっくりと動いていることがわかっています.これを余効すべりといいます.その後,断層のすべりはほぼ停止して,その間に断層の強さは時間とともに大きくなっていきます.大地震の発生前には,その種をつくるためにゆっくりとしたすべり(前駆的すべり)が発生すると考えられています.前震はこれに関連して発生する小さな地震でしょう.ほかにも,最近,東海地震の想定震源域の近くで発見されたような非地震性のエピソディックすべり(ゆっくり地震)が発生することがあります.このような様々な現象を含む地震サイクル全体をモデル化するのが地震発生サイクルシミュレーションです.そのモデル化の対象となる現象は,地震波の解析から推定できる大地震の震源過程や,余震,前震などの小さな地震の起こり方(地震活動),GPSを含む地殻変動観測からわかる断層のゆっくりしたすべりなどです.また,地震の1回のサイクルだけでなく,歴史地震研究に基づく断層でに大地震の履歴もモデル化の対象になります.

 地震発生サイクルの数値シミュレーションをどのように行うかを簡単に説明しましょう.大地震は既存の断層での摩擦すべりですから,断層をずらそうとする力と断層を押さえつけようとする力との比が静摩擦係数に達するとすべり(地震)が発生し,すべっているあいだは断層をずらす力は動摩擦係数からきまる一定値になります.ずらす力が小さくなれば断層の動きは止まります.以上が古典的な摩擦のモデルから期待されることです.岩石の摩擦実験の結果によると,静摩擦係数も動摩擦係数も一定ではないことがわかりました.断層が静止しているときには時間とともに静摩擦係数は大きくなります.動摩擦係数の大きさはすべる速度に依存します.また,断層が動き出す瞬間に静摩擦から動摩擦に移り変わるのではなくて,移り変わるには一定のすべり量が必要です.このような岩石の摩擦の性質が地震発生サイクルの中の様々な現象の原因になります.岩石の摩擦力の大きさを実験室で測定し,すべり速度や時間などの関数で表します.これを摩擦構成則といいます.岩石の種類や温度,圧力などの条件が異なれば摩擦特性は違ってきますが,これは摩擦構成則のパラメターの値の違いで表現できます.断層周辺の岩石の種類を推定するには地殻構造の結果が役に立つでしょう.こうして,断層の性質は岩石実験の研究に基づいて定式化されます.これと,地殻構造研究からわかる断層の形や,断層運動を駆動するプレート運動を組み合わせてプログラムをつくれば,地震発生サイクルの数値シミュレーションができることになります.

 このように地震発生サイクルの数値シミュレーションは様々な関連研究の成果に基づき,また,地震発生サイクルの中の様々な観測データを理解するのに役立ちます(図5参照).地震発生サイクルの数値シミュレーションでは,断層の動きがどのように時間発展するかを計算できるのですから,過去の現象を説明するだけではなくて,将来の現象も計算できます.これは断層の動きの数値予報が原理的には可能なことを示しています.現状では,断層の摩擦構成則のパラメターの値などに不確定さが大きいため,予測の不確定さは大きいですが,実用的な数値予報を可能にすることが目標です.

最後にシミュレーションの例を示しましょう.駿河トラフで発生すると予想されている東海地震のシミュレーションです.図6にプレート境界でのすべりが時空間的にどのように変化するかを示しています.プレート境界の浅いところでは,ステップ状のすべり変化が約110年の周期で繰り返しています.これが大地震の繰り返しです.深部では,すべりはほとんど一定の速さで進行しています.中間的な深さでは,地震発生後にゆっくりとしたすべり(余効すべり)が起こり,応力集中を緩和します.また,浅い地震発生域でも地震間にプレート境界は完全に固着しているわけではありません.とくに地震発生直前には非地震性の加速すべり(前駆的すべり)が発生します(図7).このような非地震性すべりを地殻変動観測により検知できれば,地震発生の予測に役立つでしょう.断層でのすべり現象が観測されたとき,それが地震サイクルの中でどのような意味をもつ現象かを理解するときに地震発生サイクルシミュレーションの結果が重要になるのです.

図6.東海地震の発生サイクルシミュレーション結果.プレート境界のすべり量の時空間変化を示している.
図7.大地震発生直前のすべり変化.