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震源ダイナミクスの解析と物理的理解
井出 哲 (固体地球科学グループ)

地震を理解するということは
図1は1999年に起きた台湾地震の断層です。この写真の場所では断層が約8m食い違い、川底が露出して滝となりました。台湾各地で大きな被害がありましたがこの写真の付近では多くの簡素な建物がまったく無傷でした。このような大きな食い違いがゆっくり生まれたのでしょうか?世の中には無数の小さな地震があります。その中でこのような巨大な運動を起こすものは極めて稀です。何がこの違いを生むのでしょうか?地震は地下での岩石の破壊または摩擦すべりによって起きます。この現象を理解するには、長年の地殻変動などによって準備された歪・応力場、それから一瞬で起きる岩石破壊、摩擦すべりを支配している破壊と摩擦の法則を知る必要があります。地震といっても小さなものから大きなものまでスケールは何桁も違いますがそれぞれに複雑な現象です。地震現象に現れる複雑さや多様性をなるべくシンプルで現実的な物理法則で説明できないか?それが私たちの目標です。

地震波形インバージョンによる破壊過程解析
地震が起きると多くの地震観測点で地震波が観測されます。この地震波には震源での断層運動の情報と震源から観測点までの物質の構造情報が含まれますが構造情報を適切に仮定することで各観測点でみた断層運動の情報を抽出できます。多数の観測点でつじつまが合うように断層での運動を推定するのが断層モデルについての地震波形インバージョンといわれる手法です。私たちは統計学や信号処理理論の知見を取り入れながら地震波形インバージョンの手法を開発、改良しています。また同時に実際に発生した多くの地震についてこの手法を用いて詳細な断層破壊過程の推定を行っています。例えば図2、3のような断層モデルがすべり量の時間空間分布として推定されます。


図2 1995年兵庫県南部地震(マグニチュード6.8)で破壊が進展する様子
図3 1999年台湾地震(マグニチュード7.6)で破壊が進展する様子


断層運動の詳細がわかればその運動時に断層のまわりの歪や応力がどのように変化したか復元することができます。断層運動から破壊と摩擦の法則を推定する方法を私たちはこれまでにいろいろ開発してきました。例えば少数の摩擦法則のパラメターで地震波を再現する「動力学的インバージョン」の手法や断層運動から断層すべりの構成法則を直接推定する手法はその後も広く参照されています。またこのような計算を元にしてエネルギー交換装置としての震源の解釈について重要な成果をあげています。例えば地震のエネルギーのうち実際に波として伝わる部分は周囲岩石の破壊のために消費されるエネルギーと同程度にすぎないことが示唆されます。今後も新たな手法の開発やそれらを用いて新しい見方を発見することは私たちの重要な研究分野です。

地震破壊過程のスケーリング
私たちのこれまでの破壊過程の研究は幅広いスケールに及んでいます。1995年の兵庫県南部地震(マグニチュード7.2)や2003年の十勝沖地震(マグニチュード8.0)などの被害大地震は、その説明自体に大きな関心が寄せられました。またちょっとびっくりする程度の中規模の地震(マグニチュード4前後)はあちこちでしばしば起きるので系統的な解析に利用できます。さらには高々大きさ10m程度の断層で起きる微小地震も特殊なボアホール観測や鉱山での半制御実験の地震データを用いて解析してきました。かつては大きな地震の運動は複雑だが小さな地震の運動は単純なのではという考え方もありましたが、このような解析を通じて、すべての大きさの地震で震源過程はそれなりに複雑であることがわかってきています。

それでは大地震と小地震に本質的な物理メカニズムの違いはあるのでしょうか?これは何年も前から地震物理の研究者を悩ませている問題ですが、私たちはこの問題に重要な貢献を果たしつつあります。前述のように地震をエネルギー交換装置として捉えたときに、地震の断層運動の大きさ(地震モーメント)と波動エネルギーの放射量を比較すると、その比は地震のエネルギー効率の一尺度となります。この値は過去の様々な研究で見積もられていたものの大きくばらついていました。しかし、考えられる系統誤差要因を補正するとその比は驚くほど広いスケール範囲で同じような値をとりうることがわかりました(図4)。これが全く一定なのか?大きさに依存するのか?またある特徴的な大きさで急激に変化する(スケーリングが破綻する)のか?今まさに激しく議論されている問題です。


図4 様々な大きさの地震のエネルギー効率比較

「複雑さ」をどう捉えるか?
データ解析によって見えてきた一般的な震源の複雑さをどのように解釈すればよいのか?このことについて私たちは数値シミュレーションによって新たな一歩を踏み出しつつあります。これまでの震源モデルは特定のスケールにおける破壊や摩擦すべりの進展を扱う物ばかりでした。しかし現実の破壊は非常に小さな点から始まるので実は急激にスケールを拡大できるような問題の定式化が必要です。図5は断層上に弱い領域がフラクタル的性質をもって分布するような条件でほとんど点のような小さな破壊がマグニチュード7クラスの大地震へと成長する様子を表しています。私たちはこの問題のために新しいマルチスケールの数値計算手法を開発し、観察される震源の特徴を説明できることを示しました。これはまだ粗削りなモデルですが今後の研究のブレークスルーとなるかもしれません。また同様なマルチスケールの取り扱いはデータ解析でも可能であり、今まさにマルチスケール震源モデルに基づいた新しいデータ解析の手法を開発し始めたところです。



図5 フラクタルパッチモデルによる破壊過程シミュレーション

震源研究を志す学生へ
地震に限らず「破壊」や「摩擦」という現象は現在の物理学においても研究の最先端分野であり、十分に解明されているとはいえません。さらに地震の場合には地球科学的情報を取り入れることも必須です。このような地震発生メカニズムを理解するのは困難でありますが挑戦しがいのある問題です。幸い日本には世界に誇る地震、地殻変動観測網が整備され、そのデータは所属機関を問わず利用できるようになりました。そこで重要なのは柔軟な発想力としっかりした学力・知識の基礎ということになります。私たちの研究グループではこの意欲的な問題に取り組んでみようという学生を歓迎します。