地震波と強震動の数値シミュレーション
-コンピュータシミュレーションで見る日本列島の地震波の伝わりかた-

古村 孝志、纐纈 一起 (地震研究所)

地震動のコンピュータシミュレーション
 地震がいつどこで起きるかを正確に予測することは私たちの切実な願いの一つです。また、将来の大地震に備えて、私たちの住む街や建物がどのような揺れに見舞われるかを事前に知ることは、地震防災上さらに重要です。このような地震動の予測が近年のコンピュータの性能の飛躍的な進歩により実現可能になってみました。私たちのグループでは世界最速のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて、日本列島の地震波の伝わりかたと、大地震による地面の大きな揺れ(強震動)を高精度に推定するための研究を進めています。

1995年兵庫県南部地震と震災の帯
兵庫県南部地震と被害

 1995年1月17日に明石海峡を震源として発生した兵庫県南部地震では、淡路島と神戸市街地の周囲に死者6,400人を超える甚大な被害がもたらされました。この地震では、神戸市須磨区から西宮市にかけての幅1~2kmの狭い帯状の範囲に被害が集中(「震災の帯」)したことが特徴的です(図1)。地震で活断層が動くとその真上に被害が集中すると考えられます。しかし、震災の帯は活断層から南東方向に1~2kmも離れた、神戸市街地の人口密集地に現れました。最初だれもが「震災の帯」の真下に別の活断層があり、これが地震とともに動いたと考えました。しかし、地下構造調査や余震分布の調査からは、新たなた断層は見つかりませんでした。

震災の帯と地下構造
 実は震災の帯の生成には、神戸の数千メートル以上の深い地下構造が関係していました。図2は神戸-阪神地域の地下構造を表しています。神戸の北側にある六甲山を形作る固い岩盤は神戸市街地で階段状に2km以上も落ち窪んでおり、その上には軟らかい堆積層が乗っています。そして地震を起こした活断層(地震断層)は、地下構造が大きく変化する六甲山と神戸市街地の境界のちょうど真下にありました。

コンピュータシミュレーション
  このような地下構造と断層の位置関係が震災の帯に結びついたことを確認するために、コンピュータシミュレーションを行いました。計算では、神戸-阪神地域の地下を100m格子間隔で3300万個に細かく分割し、各格子点には地下構造の物性値(密度、弾性定数、減衰定数など)を与えました(図3)。そして、これらの格子点での地震波の動きを運動方程式の数値計算から求めました。全ての点での地震動を高速に求めるために、当時(1996-1997年)の最高速のワークステーション(DEC Alpha 500MHz)を3台コンピュータネットワークで繋いで計算を進めました。それでも、地震発生から25秒間の地震計算には1週間がかかりました。

図4はコンピュータシミュレーションで再現された兵庫県南部地震の地震動のようすです。地震波のアニメーションを見ると、断層から地震波が放射され、時間とともに地表面に強い揺れ(強震動)が現れる様子を確認することができます。地震波は六甲山の硬い岩盤を速く伝わり、また、神戸市街地の軟らかい地盤では揺れが大きくゆっくりと伝わって行くことがわかります。この強震動により震災の帯の被害が起きたことがわかります。計算から求められた、神戸市街地の揺れの大きさの分布はちょうど震災の帯と一致します(図x)。このほかに、角が緩やかな盆地構造を用いた計算や、地震断層の位置をずらした場合の計算をいくつか行いましたが、狭い強震分布は得られませんでした。このことから、盆地の縁が階段状に落ち窪んでおり、その真下で地震断層が動いたことが震災の帯の被害分布の原因であると結論できました。



高密度地震観測網で見る地震波の伝わりかた
 2000年10月6日に発生した鳥取県西部地震では、震源に近い鳥取県日野郡日野町と境港市東本町で震度6強の強い揺れを観測するなど、住宅家屋を中心に大きな被害が出ました。

世界に誇る強震観測網
兵庫県南部地震以降、大地震時の地震波の伝わり方と地震被害との関連を詳しく調査するために、大きな揺れでも振り切れずに記録できる強震計が日本全国に設置されました。たとえば、防災科学技術研究所のK―NETとKiK-net強震観測網は約20kmの間隔で1600台以上の強震計が日本列島全域をカバーしています(図5)。このような高密度の強震観測ネットワークは台湾のものを除いては世界で唯一の設備です。
強震観測網で捉えた鳥取県西部地震

2000年鳥取県西部地震は、この強震観測網によって捉えられた最初の大地震であり、このとき地震波が西南日本を伝わる様子は521個所の観測点で記録されました。図6は、これらの地震波形記録から合成した、地震発生から20、60、90秒後の地面の揺れの様子を可視化したものです。震源から四方に広がる地震波が、その60秒後には広島を通過していくようすがうかがえます。地震波の伝わる速度を求めると、時速1万キロメートルになります。これはジェット機の速度の10倍にもなりますが、それでも揺れが福岡に到着するまでには2分近くの時間がかかっています。この時間差を利用して、大きな揺れが来る前に電車を緊急停止したり、ガスの供給を自動的に遮断したりするリアルタイム防災システムの実用化に向けた取り組みも防災機関や気象庁などで行われています。

 ところで図6を良く見ると大阪や名古屋などの平野では、地震波が通過してもいつまでも大きな揺れが続いていることに気がついたでしょうか。これらの平野盆地では、神戸のように軟らかい堆積層に厚く覆われているために、地面の揺れが大きくなり、また揺れが盆地内でいつまでも振動しつづけるためです。

コンピュータシミュレーション

次にコンピュータシミュレーションにより鳥取県西部地震の揺れの様子を再現してみました。計算では、西南日本全域の水平820km*410k*80kmの地下を400mの細かなブロックで2500万個に分割し、堆積平野の下には軟らかい堆積層の物性値を、また西南日本下に沈みこむフイリッピン海プレートには、その硬い岩盤に対応した値を与えました(図7)。これらの物性データは、人工地震探査や地震波解析、そして重力異常の調査など、多くの研究成果をまとめたものです。また、鳥取県西部地震の断層運動のモデルには、東大地震研の研究グループにより、強震観測網で記録された地震波の解析から求められたものを利用しました。計算は8台のLinux PC (Intel Xeon 2.2GHz) を高速ネットワーク(Gigabit Ethernet)で結合した“PCクラスタ”を用いて行いました。この計算には16Gbyteの計算メモリと、8台の並列計算で2日間の計算時間がかかりました。

シミュレーション結果と観測データとの一致

シミュレーションから求められた、鳥取県西部地震の揺れの様子を図8に示します。観測された地面の揺れ(図6)と比べて、揺れの伝わる速度や形状などが良く一致していることが確認できます。すなわち、計算に用いた西南日本の地下構造モデルと断層モデルの正しさ、そして地震動のシミュレーション法の十分な精度を証明しています。

ただし、観測と詳しく比べると、シミュレーションでは大阪平野や濃尾平野での長い揺れが十分に再現できていないこともわかります。これは計算モデルにはコンピュータのメモリの制限から、平野の地下構造が十分に細かく組み込まれていないためです。地震防災を目的に、人口の密集する都市部の地下構造調査が自治体や大学等の研究機関により積極的に進められています。これらの地下構造調査の結果を待って、より詳細なコンピュータシミュレーションを改めて行う予定です。

地球シミュレータによる大規模シミュレーション
世界最速のコンピュータ

2002年3月に完成し、現在、海洋科学技術センターの横浜研究所で運用されている「地球シミュレータ」は世界最高速の超並列スーパーコンピュータです(図9)。地球シミュレータは気候変動や災害予測、そして地球変動のしくみなどの解明のために、文部科学省により5年前から開発が進められてきました。640台のスーパーコンピュータ(CPU数は5120個になります)を高速ネットワークで結合した巨大な並列計算機の記憶容量は10Tbyte(1Tbyte=1,000Gbyte)になり、そして演算性能は40Tflopsにもなります。これは最近の高速なパソコン(Pentium4-3GHz、およそ2Gflops程度でしょうか)と単純比較して、20,000倍以上の演算能力を有することになります。

私たちの研究グループでは、文部科学省の科学技術振興調整費の補助を受け、5年前から地球シミュレータ利用のための計算プログラムの開発を進めてきました。そして、研究計画と計算プログラムの性能審査を経て、2002年8月より地球シミュレータの利用が承認されました。

 

南海トラフ巨大地震

西南日本の沖合ではフイリッピン海プレートが日本列島の置かれたユーラシアプレートの下に緩やかに沈みこんでおり、このプレート境界ではマグニチュード8クラスの巨大地震が90~140年の間隔で繰り返し起こっています(図10)。今から約60年前の1944年には紀伊半島の南の潮岬を震源とする東南海地震(M7.9)が発生し、紀伊半島の東側に向かって地震断層が破壊しました。また、その2年後にはこの反対側の四国から九州東部にかけての範囲で南海地震(M8.1)が起きています。これら二つの地震を合せた死者は2500人以上になります。

昭和の南海・東南海地震から90年前の1854年には、東海地震と南海地震とが、わずか1日の期間を置いて続いて起きています。これらの安政地震からさらに147年前の17宝永地震(1707年)では、東海・南海地震が同時に起きたと考えられています。このように、南海トラフ地震は地震の規模が大きく(M~8)、さらに二つの地震が短い時間を置いて同時に起きる恐れがあります。

南海地震の地震動シミュレーション

図11は地球シミュレータを用いて行った、南海トラフ巨大地震の地震動シミュレーションの一例です。計算では、宝永地震のように、東海地震と南海地震とが同時に発生したシナリオを想定しています。

潮岬を震源に、断層破壊が東西に分かれて進むことにより、大きな揺れが西南日本全体にわたって広がることがわかります。そしてシミュレーション結果から、九州の東側から中部地方の太平洋側にかけての数百km以上の広い範囲で、震度5~6程度の強い揺れが生じることがわかりました(図12)。また、これらの巨大地震では、振動の周期が4~6秒程度のゆっくりとした揺れが2分以上もの長い間にわたって続くこともわかりました。このような揺れは1995年兵庫県南部地震時に断層の近くで記録されたもの(周期1~2秒、揺れの時間は十数秒以下)と全く異なっており、高層ビルや長大橋など大型建造物では共振により大きく揺れることが予想されます。


なお、この計算には地球シミュレータの128CPUを用いた並列計算で40分をかけて行いました。この計算は地球シミュレータ全体(5120CPU)の3%程度しか資源を使用しておらず、詳細な地下構造モデルと地震断層モデルを用いて、より高精度な地震動計算を今後進める予定です。

地震シミュレーションの高精度化を目指して
大地震は発生間隔が十数年~数百年と長いために、化学実験や野外観察のように再現性を見ることはできません。このため、限られた地震観測データをもとに将来起きる大地震の特徴を考えるためには、地震の物理のモデルを立て、これをコンピュータシミュレーションで検証することが必要です。このために、詳しい地下構造の調査や、詳細な地震断層モデルの研究グループとの共同研究を進めています。

 私たちは、これまで15年以上にわたって地震動のコンピュータシミュレーションの基礎研究を進めてきましたが、本当に地震動が計算できるようになったのは、1995兵庫県南部地震以後の最近になってからです。この間にコンピュータの性能が飛躍的に進歩し、同時に多数のCPUを用いて高速に計算する並列化技術が確立しました。研究開始当時の大型コンピュータ(HITAC M680H)と比較すると、地球シミュレータの演算能力は実に100万倍以上になります。


近い将来には、大地震の揺れが来るよりも早く地震動の計算を終え、地震災害の予防に役立てることができるようになるかもしれませんね。