研究・プロジェクト紹介

高解像度気候モデルを用いた中層大気科学の研究
佐藤 薫(大気海洋科学グループ)

はじめに
IPCCでの地球温暖化予測に威力を発揮した地球シミュレータや、現在開発中の京速計算機に代表されるように、大型計算機技術の進歩は止まるところ知りません。現在、百年や数百年の気候予測が可能ですが、そのために用いられている気候モデルでは、実は大気現象のすべてを表現しているわけではなく、日常の天気をコントロールする高低気圧を再現できる程度の解像度であり、それよりも小さなスケールの大気重力波(浮力を復元力とする内部波)や積雲の寄与は、経験則としてパラメータ化(パラメタリゼーションといいます)されて取り込まれています。また、大気全体でなく、私たちの生活に直接関係する高度50km付近までの大気をシミュレートしています。では、予測期間は数年でいいとして、その代りに、こういった小さなスケールの現象を再現できるぐらいに高解像度化し、さらに、気候モデルで通常計算されている高度領域をもっとずっと上まであげて高度約100km まで広がる大気全体を計算してみたら、どんなことがわかるでしょうか。小さなスケールの現象にとって、大気はとても広いものです。通常の気候モデルで再現される低気圧やジェット気流は、小規模現象にとっては、「背景場」でしかありません。小規模波動は、低気圧やジェット気流の中で生まれ、伝播し、リモートにこれらの背景場に作用します。その振る舞いは、非線形ですので、限られた理論や観測事実から作られた簡単な経験則で現わされるものであるはずがありません。

重力波解像可能な気候モデル
このような背景から、私たちは、世界で最も解像度の高い全球気候モデルを開発し、地球シミュレータで3年分のシミュレーションを行いました。計算には約2年かかりました。水平解像度は約60km、鉛直解像度は300mとし、地上から上部中間圏に対応する85kmまでの高度領域をカバーしています。そして、通常の気候モデルでは必ず導入されている重力波パラメタリゼーションを一切使わず、重力波自体をモデルの中でシミュレーションするようにしました。そして、モデルで出てきた重力波そのものを解析することにしたのです。まず、こうしてシミュレーションされた背景場が現実的でなければなりません。そうでないと、せっかくの重力波を含む大気の運動量、エネルギー収支が、意味がないことになるからです。実際、得られた背景場は図1に示すようにとても現実的なものでした。しかも、赤道上の成層圏に見られる準2年周期振動(QBO)も現実的に再現されたのです(図2)。再現された重力波の全球スナップショットを、図3に示します。南米のアンデス山脈からとてもきれいな重力波が発生していることがわかります。


図1:現実大気(左)と高解像度気候モデルを用いて再現された(右)東西平均東西風(等値線)と温度。50km付近の気温の極大、20km付近の気温の極小、ジェットの位置や構造などが現実的に再現されていることがわかる。


図2:高解像度気候モデルで再現された赤道下部成層圏準2年振動。周期は約15か月と短いが、振動の存在する高度領域、振動の形や振幅をここまで再現している気候モデルは現在ほかに存在しない。



図3:高解像度気候モデルで再現された重力波の全球分布(上)と、アンデス山脈上空の重力波(下。上図の赤線の鉛直断面)

重力波の伝播と作用
図4は、東西平均東西風(等値線)の緯度高度断面と、波による平均東西風加速(色)の分布を示したものです。左は、すべてのスケールの波の平均風加速の合計、右は、重力波だけのものです。これをみると、成層圏(高度約10~50km)の冬半球では、重力波以外のもの(おもに惑星規模のロスビー波)が効いているのですが、成層圏夏半球、中間圏(高度約50~85km)の両半球での平均風加速については、重力波がほぼすべてに寄与していることがわかります。矢印は、重力波の運ぶ東向き運動量の伝播方向を示しています。重力波は至るところ伝播するのでなく、いくつか通り道が存在することもわかります。


図4:高解像度気候モデルで計算された、波による平均東西風加速の分布(色)と波の運ぶ東向き運動量輸送の強さと方向(矢印)。等値線は東西平均東西風。左はすべての波の寄与、右は重力波の寄与。(Watanabe et al., 2008)

QBOは1990年半ばまでは、赤道ケルビン波と混合ロスビー重力波と呼ばれる2つの大きな波が作り出す振動だとされてきましたが、重力波の寄与がとても大きいのではないかと考えられるようになりました。これは一種のパラダイムシフトでした。私たちも、理論を駆使した長期間観測データ解析により、研究を進めてきましたが、高解像度気候モデルでQBOが再現されたことで、初めてこれらの波の寄与の切り分けができることになります。

成層圏界面の構造
成層圏界面は高度50km付近に存在する高温層です。成層圏に存在するオゾン層が太陽の紫外線を吸収し温めているために存在している層です。しかし、これだけでは説明できないところがあります。たとえば、冬の極域。ここは一日中夜の場所です。吸収する紫外線が届かないのですから、高温層がなくてもよさそうですが、存在しています。これは、緯度高度断面における大気大循環の一部である下降流によって強制的に空気が気圧の低い高高度から高い低高度へ移動させられ、断熱圧縮により気温が上がることによります。そしてこの大気大循環は、波により駆動させられています。この高解像度気候モデルでは、このような大気大循環の小さな構造も再現し、成層圏界面の気温は一様でなく、冬半球亜熱帯域に小さな気温の極大があることを発見しました。図5がそれです。そういうつもりで見てみると、観測された気温場にも、同じような弱い成層圏極大が見えています。このように、高解像度気候モデルを用いた運動量・エネルギー収支解析により、小規模な波と大規模な場の相互作用の見事な姿を確実にとらえることができるのです。


図5:高解像度気候モデルで再現された大気の流れ(ラグランジュ流)。下降流域と温度極大域が良く対応している。特に、冬半球亜熱帯の気温の極大はこの研究で存在が明らかにされたもの。

高解像度観測の必要性
高解像度気候モデルは、大気の力学構造を調べる上で大変有用な研究道具ですが、あくまでこれは仮想(バーチャルな)の大気にすぎません。果たして、モデルで再現された、または、理解された大気の姿が、小規模な擾乱や構造も含めて現実のものと同じかどうか、確認する必要があります。そして、それを確認するためには、同じ程度かそれ以上に高解像度な観測で確認されなければなりません。そのような観測データを提供するツールとして、世界的にも期待されているのが、南極昭和基地大型大気レーダーです(図6)。私たちのグループでは、極地研と共同して約10年前からこの計画(PANSY計画)を進めてきました。図4から分るように南極昭和基地の位置する南緯70度の上空は、重力波の主要な通り道です。そして、南極での限られた電力、厳しい自然環境、限界のあるマンパワーという厳しい条件のなか、運用可能な省エネ・軽量型大型大気レーダーの実現の目途がたちました。近々南極での観測が開始される見通しです。
URL: http://pansy.nipr.ac.jp/


図6:南極昭和基地大型大気レーダーのイメージ図。もうすぐ南極昭和基地での建設が始まる。