5つの研究グループ

地球惑星科学専攻では、5つの研究グループにわかれて研究・教育を行っています。
ここでは、それぞれのグループの研究分野について紹介します。

研究・プロジェクト紹介

メタンハイドレートと地球環境
松本 良 (地球生命圏科学グループ)

 

地質学は地球の構造や成り立ち、地球が今のような姿になるまでの歴史を解きあかし、地球上に住む生物や地球そのものの進化とそのダイナミズムを明らかにする学問です.地質学の中でも堆積学や海洋地質学は、過去に堆積した堆積岩や現在の海底堆積物などから過去の地球環境の変動を解読し近未来の地球進化を予測することを目指しています.堆積学や海洋地質学で、最近の特筆すべき研究成果の一つが、海底堆積物中から固体状のメタンガス、「メタンハイドレート」の発見です.最近の調査研究により、メタンハイドレートは大陸縁辺域の海底堆積物中に広く分布する事が分かってきました.この事は、人類社会と地球環境にとって大きな意味をもちます.直接関係する事としては、メタンハイドレートの新しいエネルギー資源としての可能性です.一方より長期的、地質学的視点からは、メタンハイドレートの地球環境への劇的な影響を指摘できます.始めに、メタンハイドレートとはどんなものか解説したあと、これら2つの重要性について説明しましょう.

1、メタンハイドレートとはどんなもの?
メタンハイドレートとは、氷状の固体物質で、ある人はシャーベット状と言い、ある人は石鹸のような見かけをした冷たい白い物体と表現しています。氷と違うのはメタンガスの気泡を発しながら溶けることで、この性質により、本当の氷と混在している時もメタンハイドレートが含まれているかどうか知ることが出来ます.したがって分解しているメタンハイドレートは炎をあげて良く燃え(図1)、燃える氷とも呼ばれます.

メタンハイドレートはメタンガスと水から出来ています.エックス線構造回折によると結晶の基本構造は水分子が作る内径8?9オングストロームのケージで、このケージの空孔が一個のメタンガス分子で充填されています.メタンハイドレートの分子式は、CH4・5.75H2O と書けます.つまり水分子約6個にたいしてメタンガス分子1個が取り込まれている事になり、メタンハイドレート結晶の体積とそこに取り込まれるメタンガスの容量の比は160?180と計算されます.メタンハイドレートは極めて効率的なメタン貯蔵庫と言う事ができます。

2、メタンハイドレートはどんなところに出来るのか?
メタンハイドレートが出来るには、(1)十分な量の水とメタンガスが存在すること、(2)温度が低く圧力が高いことが必要です.地球上で水と過剰なメタンが存在し、かつ温度が低く圧力が高い場所として最初に挙げられるのが深海堆積物です.実際、深海底にボーリング掘削をする国際深海掘削計画により世界中の深海底からメタンハイドレートが発見されています.この国際計画には大学院の学生も多数参加しており、2ヵ月におよび科学的かつ国際的な雰囲気の中での調査を楽しんでいます。図2に示すのは、2002年夏に行なわれたカナダ・バンクーバー沖(カスカディア収束帯)の深海掘削で回収されたものです.他にメタンハイドレートが広く分布する場所は、永久凍土で覆われる高緯度地域の堆積物です.シベリア、アラスカ、カナダ北極海地方などでは古い堆積岩中に密集して存在するこが確認されています.

3、メタンハイドレートを探す
海底掘削の事前調査として海上地震探査が行われます.これは、強い音源から発した波動が海底堆積物中の音響的不連続面で反射し海面まで戻ってくる時間を測って、海底下の地質構造を推定しようという探査技術です。普通、泥の層と砂やレキの層の境界や石灰岩の上面などが反射面となります.この探査で、地層面と斜交し海底面にほぼ平行の強い反射面が記録されることがあります(図3)。これは堆積物中のメタンハイドレート帯の下限に対応する面で、海底面にほぼ平行であることから海底面疑似反射面(BSR: Bottom Simulating Reflector)と呼ばれ、海底にメタンハイドレートを発見する際の有効な手がかりとなっています.

メタンハイドレートを確認し存在量を見積もるには堆積物を回収して直接観察する必要があります.しかし、メタンハイドレートはd掘削回収後の圧力低下や温度上昇によって分解してしまうので、掘削によって得られた試料は一般に保存状態が悪く直接観察から存在量を見積もることは困難です.そこで、間接的な確認手段として、堆積物に含まれる水(間隙水)の塩分濃度を計るという方法があります.メタンハイドレートは氷と同じで、その中に塩分は含まれません.従って、メタンハイドレートを含有する堆積物の間隙水は塩分が薄くなり、低塩分異常からメタンハイドレートの量を見積もることが出来ます.

地球物理学的手法および堆積学/地球化学的手法により、地球上全体で約10000ギガトン(10の16乗キログラム)という膨大な量の炭素がメタンハイドレートとして固定されていることが分かりました.この量は、大気中の全二酸化炭素の炭素量の20倍、海水に溶けている全炭酸の3分の一程度に相当します.

4、メタンハイドレートと地球環境
メタンハイドレートが地球環境に大きなインパクトを与えてきたと考える第1の理由は、その膨大な量です。上にも述べたように、メタンハイドレートとして固定されているメタンの量は、現在知られている全化石燃料の埋蔵量に匹敵します。それは海水に溶存する炭素量の3分の1、大気二酸化炭素の20倍にもなります。このことはメタンハイドレートのわずか10%が分解してメタンが大気に放出されるだけで、大気二酸化炭素量は2倍になることを意味します。二酸化炭素などの温暖化ガスの濃度上昇が地球温暖化を促進することは良く知られた事実です。第2の理由は、メタンハイドレートが温度、圧力の変化に敏感に反応し、容易に分解することです。試算によると、水温が5℃上昇するだけで、炭素換算で約2000ギガトンのメタンハイドレートが分解します。

このように、最近のメタンハイドレートの研究は、大気二酸化炭素の20倍という膨大な量のメタンが、地球のごく表層に極めて不安定な形で存在するということを明らかにしました.メタンも水も地球史を通じて存在していたものであり、メタンハイドレートの生成分解も地球史を通じて起きていたと見なして良いでしょう.このような考察と観察データから、「地球の表層環境変動はメタンハイドレートの安定性に大きく支配されていた」とする『メタンハイドレート仮説』が提唱されました.

暁新世末期の著しい温暖化と大量絶滅事件
暁新世とは第三紀の最初の時代で、その末期、今から約5500万年前に海洋生物の一部が大量絶滅した事が知られています.この時代はまた気温、水温が著しく上昇したことが分かっています.堆積岩中に含まれる化石の殻の酸素同位体組成を分析して、絶滅の直前に5?7℃の温度上昇があったことが分かりました.これまでこれらの事件について説得的な解釈は有りませんでしたが、この時代の海洋堆積物中にメタンハイドレートの存在を仮定すると、短期間の急激な温度上昇と絶滅にいたる劇的は環境変動を明解に説明する事が出来ます.最初の温度上昇の引き金は現在のカリブ海付近で起きた、大量の溶岩を噴出する火山活動でした.溶岩噴出に伴って放出された二酸化炭素により温暖化が少し進みます.この温暖化によって海底堆積物中のメタンハイドレートが分解、メタンが海洋と大気に放出されます.海洋に放出されたメタンは酸素を奪って海水を貧酸素化?無酸素化し、大気に放出されたものは温暖化を加速します.これによりメタンハイドレートの分解がさらに進み、温暖化も進行するという正のフィードバックが働きます.このようにして、温暖化と海洋環境の貧酸素化が破局的段階に至り、大量絶滅も引き起こしたと説明されます.これを、『メタンハイドレート仮説』と呼びます.

高い分解能での堆積学、同位体地球化学的研究の進展により、暁新世末期以外にもメタンハイドレート分解が原因となったと思われる絶滅事件や著しい環境変動が報告されています.海底下のメタンハイドレート分解が地質時代の大きな変動を引き起こした、とするモデルは、氷期?間氷期の変動で大陸氷床が拡大したり縮小したりするのと似ています。大量絶滅に代表される地球変動事件の原因を明らかにすることは、地球の変動のリズムと地球の近未来予測をする上で非常に重要です.私達は今、『メタンハイドレート仮説』を手にしました.原因不明の事件が新たな視点から解明され、地球史のダイナミズムがより明解に示されようとしています.数百万年?数億年の過去の地層の中に、今は失われたメタンハイドレートの“化学的痕跡“を探す努力が、中国揚子江を見下ろす崖や、イランの砂漠に面した連続露頭で続けられています。

天然ガス資源としての重要性
海洋底からメタンハイドレートが発見された時、最初に注目されたのは、エネルギー資源としての重要性です.第1の理由は日本が自前の石油天然ガス資源に乏しいこと、第2は世界的に石油の埋蔵量が頭打ちとなり、今後15?20年のうちに石油資源が枯渇を始める恐れがあること、第3は京都議定書で約束した気候温暖化対策としての二酸化炭素排出量の削減です.天然ガスは石油に比較して同一のエネルギー当たりの二酸化炭素排出量が少ないため、排出量削減を実現するには石油から天然ガスへの転換が有効と考えられます.海洋のメタンハイドレートは海底から数100メートルの深度までの堆積物中に含まれます。従来型の天然ガス鉱床が地下数1000メートルに賦存する事と比べると、開発の上で大きなメリットです。東京大学では、産業技術総合研究所や石油公団との共同研究として、日本近海やカナダーアラスカでメタンハイドレートの資源化のための調査研究を進め、2002年の冬には厳寒のカナダ北極海での掘削調査に参加しました.メタンハイドレート層から回収されたメタンが燃えている写真を図4に示します.一方、日本近海では南海トラフで重点的な調査探査が行なわれています.2002年12月?2003年1月には海底堆積物の詳細な調査が行ない、地下深部からのメタンガスの移動供給量が場所によって大きく異なることを明らかにしました(図5、図6).このような調査データを集積して、試掘サイトが決定されます.

海底からのメタン湧水調査?現在進行中のメタンハイドレートの分解現象?
メタンハイドレートの環境インパクトを評価するには、水温変化、海水準の変動などにたいして堆積物中のメタンハイドレートがどのように応答するか、言い換えれば、メタンハイドレートの安定性、堆積物中での挙動を明らかにする必要があります.この研究は合成メタンハイドレートを用いた実験室スケールでのシミュレーションと共に、現在の海底での観察、サンプリング、分析が有効です.日本近海では南海トラフの東海沖海底や沖縄・石垣島の沖の水サンプルの分析によりメタンを含む湧水がメタンハイドレートに由来することが分かりました。

おわりに
メタンハイドレートが地球の進化を考える上で重要である事はお分かり頂けたでしょうか.メタンハイドレートは新しい研究対象であり、文字どおり、境界領域の科学と言えます.人類社会にとって関心の高い環境と資源という課題であるため関心も高く、研究体制と規模が急速に拡大し、新しいデータと情報が世界中から洪水のように出されています.このような状況の中で、東京大学では『ハイドレートサイエンス』を構築すべく(1)海底堆積物中のメタンハイドレートの分布や組成については、深海掘削や物理探査により、(2)海底での現在進行中のメタン湧水やメタンハイドレートの分解現象については、潜水調査やピストンコア掘削などで、(3)地球史を通じたメタンハイドレートと環境変動、生物進化との関わりについては、炭酸塩岩を中心とした地質時代の堆積岩の地質調査と詳細な地球化学的調査分析により、総合的かつ重点的に研究を進めています.

参考文献
松本 良、奥田義久、青木 豊、1994, メタンハイドレート 21世紀の巨大天然ガス資源. 日経サイエンス、253pp.

松本 良、1995、炭酸塩の炭素同位体異常の要因と新しいパラダイム「ガスハイドレート仮説」. 地質学雑誌、101巻(11)902-924.

松本 良、渡部芳夫 ほか4人、1996、ブレークリッジにおけるガスハイドレートの分布と産状:ODP Leg164 の成果. 地質雑、102巻(11)858-876.

松本 良 1996、深海底のメタンハイドレート ー地球の新しい炭素貯蔵庫ー 岩波科学 66巻9号、600-605.

松本 良・角和善隆 1998、カンブリア紀の生物進化と環境変動 ーイラン・エルブールズの3億年連続地層記録を読むー 岩波科学 第9号、718-725

図1:燃える氷、メタンハイドレート。白い塊が、実験室で合成されたメタンハイドレート。
図2:カナダ、バンクーバー沖のカスカディア収束帯の掘削で得られたメタンハイドレートの結晶。軟らかい堆積物中に密集して生成している。
図3:大西洋のブレークリッジに見られる海底面疑似反射面(BSR)。BSRは、地層境界を示す反射面を切り、海底面にほぼ平行に発達。BSRより上の堆積物にはメタンハイドレートが含まれ、下の堆積物にはメタンガスが含まれているため、その境界が明瞭な反射面となった。
図4:メタンハイドレートの炎。2002年3月、カナダ、マッケンジーデルタのガスハイドレート層に掘削された調査井からハイドレート由来のメタンが大量に回収された。
図5:海洋調査船第2白嶺丸による南海トラフのメタンハイドレート調査。ピストンコアで回収した海底の泥から水を絞り取り、その塩分濃度や硫酸濃度を測定することで、海底深部からのメタンの供給量を見積もる事ができる。
図6:東京大学、北海道大学、広島大学、産業技術総合研究所の共同研究としての南海トラフのメタンハイドレート調査航海。